岸田るり子  作品別 内容・感想

密室の鎮魂歌   7点

第14回鮎川哲也賞受賞作
2004年10月 東京創元社 単行本

<内容>
 若泉麻美はかつての学友である新城麗子が描いた絵が展示されている展覧会に来ていた。その際、古くからの友人の篠原由加を一緒に連れてきていた。そして由加が麗子が描いた「汝、レクイエムを聴け」という作品を目にしたとき悲鳴をあげ、突然麗子に詰め寄り、「この女が私の夫を隠している!」と言い出すことに! 由加の夫は五年前に、閉ざされた部屋から謎の失踪を遂げており、今になっても行方知れずのままであった。しかし麗子と由加の夫との間には全く接点がないはずである。由加はその絵にいったい何を見たというのだろうか?
 その出来事をきっかけにしたかのように、昔の失踪事件を思い起こす謎の密室殺人事件が起こる。その現場は5年前に由加の夫が失踪した部屋であった!!

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<感想>
 いや、これまた想像以上に良い作品で、読んで驚いてしまった。序盤の出だしのところがややごちゃごちゃしていたように感じられたのだが、それ以降は全く読みづらさを感じさせられずに一気に読み干してしまった。これは鮎川賞を取るにふさわしい作品であるといえよう。

 ひとりの男の失踪事件を通して、全くつながりのないはずの人々の関係が徐々に細い糸でつながれてゆきラストへと到る展開はかなりうまく書けていると思う。また人物造形に関しても、本当の事を言っているのか嘘を言っているのかわからない登場人物たちに囲まれながら、それに戸惑いつつも真実を探り出そうとする主人公がうまく書かれている。本当に新人とは思えないほどの端正な文章には驚かされずにいられない。

 やや欠点に感じられたのは、ほとんどの場面が主人公の視点であるのに、たまに他の登場人物へと飛んでしまったりというところは統一したほうがよかったのではないかと思われる。また、“密室”という点に関してもさほどトリックらしいものが扱われたわけではなかった。とはいえ、これで“密室”までもがうまく出来ていたら他の作家は立場がなくなってしまうだろうから、これくらいでちょうど良いと言えるかもしれない。。

 本書はトリックに重点が置かれているミステリーではなく、登場人物らの不審な行動の裏に隠されたものを暴く、動機や人間関係に重点を置いたミステリーといえるであろう。これは去年のうちにちゃんと読んでおけばよかったと後悔してしまうほどの良い作品であった。


出口のない部屋   7点

2006年04月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 編集者が新人のホラー作家から受け取ったのは「出口のない部屋」というタイトルの原稿であった。その小説の内容は、不思議な部屋の中に免疫学の大学講師、売れっ子作家、主婦の三人が閉じ込められるというもの。三人はそれぞれ自分の境遇を語りだすのだが、この三人がここに集められた理由とはいったい・・・・・・

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<感想>
 一人の編集者がホラー作家に会うところから始まり、そして共通項のない三人の男女が奇妙な場所に閉じ込められる場面へと移り変わっていく。その三人がそれぞれ自分の物語を語りだすのだが、どれもバラバラの話であり、しかも、その物語が語られていくうちに主観が切り換わり、当の本人が語っている話とは異なる話が読者に語られてゆく。

 という不思議な内容で話が進んでいく展開を見せられる。なにか超自然的な関わりが感じられ、ところどころに不自然さを感じながら読み進めていくことになる。しかし、そういう不自然さを感じつつも、どこかでこれらの話がつながっているのではないかと疑いながら読み続けていた。

 すると、最後のほうでようやく共通項ともいえる名前が出てきて、徐々に複数の話がひとつにまとめられてゆくことに気が付く。そしてついには、この本の中で語られている話は全てひとつの話であり、“出口のない部屋”というものが何であったのかに気づかされることとなる。

 正直言って、理路整然に考えようとすれば無理を感じ得ないところがないともいえない。とはいうものの、語られているレベルの中では極めて整然と落ち着くべきところに収まっていると感じられた。

 この著者は処女作からして、とても新人作家の筆力ではないと感じられた。そして2作目となるこの作品でもその力は遺憾なく発揮され、寒々としたなかで淡々と語られる話し振りがまこと細やかなところにまで手が届くように書かれているといった感じであった。こういう書き方ができるのであれば、今後ミステリ作品ならず色々な分野にて活躍していく作家となるのではないだろうか。もちろん個人的にはミステリを書き続けてもらうことを願いたいのだが。


天使の眠り   6点

2006年12月 徳間書店 単行本

<内容>
 京都の医学大学院に勤務する秋沢宗一は、同僚の結婚披露宴で偶然にもかつての恋人と出会う。それは13年前に札幌で知り合った亜木帆一二三であった。そのときの一二三は夫を亡くしたばかりの子連れであり、それから秋沢とわずか数ヶ月の付き合いの後、突然行方をくらましてしまったのだ。久しぶりに会う一二三であったが、彼女を見たときに秋沢は違和感を感じた。彼女は一二三ではないと・・・・・・

<感想>
 今作も先を読ませぬ展開のサスペンス・ミステリーとなっており、なかなか読ませてくれる作品であった。話は一二三という女性を中心に、かつての恋人・秋沢と、一二三の娘・江真との交互のパートで語られてゆく。そして、そこに秋沢と別れた以後の一二三の13年間の軌跡が見え隠れし、徐々に真相が明らかになっていくというもの。

 個々の謎については、登場人物も少なく、またわかりやすいものもあって、いつくかは見通すことができた。しかし、それらをまとめ大きな一枚の絵として綺麗に仕上げるという手腕には感心させられた。大きな驚愕を誘うというほどのものではなかったと思うが、丹精かつ丁寧にまとめられたサスペンス・ミステリとして評価できる作品である。また、ラストが綺麗にまとめられている(これは賛否両論あるかもしれない)というのもこういった作品としては救いがあって良かったと思われた。

 また、読んでいる途中でこの作品であれば島田荘司氏が提唱する「21世紀本格」への仲間入りができるのではないかと考えたのだがどうであろうか?


ランボー・クラブ   

2007年11月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 菊巳は普通ならありえないと言われる、後天性の色覚障害者であった。とはいえ、その障害も生活しているうえではそれほどハンデとならず普通に生活をおくっていた。しかしある日、自分の幼少の頃の記憶に齟齬があると気づいたときから自分自身に自信が無くなってしまい登校拒否になってしまう。そんな菊巳はインターネットで色覚障害をキーワードとして調べていくうちに、“ランボー・クラブ”というサイトへとたどり着く。
 探偵業を営む三井麻理美のもとに、東京の病院長である川端という男が捜査の依頼に来た。彼がいうには、11年前に家を出た妻と子供の行方を捜してもらいたいというのである。その妻を最近、知人が見かけたという事を聞き、それを手がかりに妻子の行方を探ってもらいたいと。三井は依頼を引き受けることになったのだが、それが思わぬ大事件へと発展していくことになり・・・・・・

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<感想>
 色覚障害と過去の記憶の齟齬に悩む少年・菊巳が自らを中心とした事件に巻き込まれていくパートと、探偵の三井麻理美と調査員の健一が失踪調査を行っていくパートが交互に語られてゆく。シリアスな菊巳のパートに対して、麻理美と健一のパートのほうは漫才のような掛け合いをしながらという軽いノリとなっており、物語全体でうまくバランスをとるような構成となっている。

 物語は菊巳が自分自身の過去を調べていくうちに、だんだんと周囲の人物を不審に思い始め、やがては追い詰められるような形からの逃走劇へとまで発展していく。一方、探偵のほうは失踪人調査をしていくうちに意外な核心へと迫ることとなり、やがて互いのパート同士が徐々に錯綜していくことになる。

 複数の話が徐々にひとつになっていくという構成は特に珍しくないものの、ランボーの詩をモチーフとした物語の背景により、どこか文学的な香りがただようのが本書の特徴と言えよう。また、色にまつわる話が語られているためか、菊巳のパートはセピア色とでも表現したくなるようなどこか無機質なものを感じられるようにもとらえることができる。

 話し全体としては端正でうまく出来ているミステリ作品であったといってよいであろう。ランボーの詩を用いた予告殺人や、遺伝子や記憶などの理系的要素をからめた秘められた真相もきちんとできていたと思われる。

 ただ、意外とすんなりと終わってしまったというようにも感じられた。もっと伏線(あるいはミスリーディングを狙ったものだったのか)らしきものが多々あったような気がしたのだが、それらが回収されないまま終わってしまったのもちょっと不満であった。

 とはいえ、いつもの岸田氏らしい一定の水準を充分に越えているミステリ作品として仕上げられているのは確かである。


過去からの手紙   5.5点

2008年02月 理論社 ミステリーYA!

<内容>
 高校生の純二が一週間ぶりに沖縄からの合宿から帰ってくると、家にいるはずの母親の姿がなかった。何日か前に捨てられていたゴミが分別の不備から家に返されており、テーブルには「純一の誕生日用のシチューの肉を買ってくる」という内容のメモが置かれていた。母親はいつからいなくなったのか? そして何があったというのか!?

<感想>
 母親が行方不明になり、その後に見つかりはするものの、行方不明になっていた間の記憶がない。その記憶の欠落部分を二人の少年少女が調査していくという内容。

 内容だけ取ると、どことなく重い雰囲気の印象に思えるのだが、そこは少年少女が主人公ということもあってか、むしろ爽やかな雰囲気さえ感じ取れる作品となっている。

 また、今作に関しては今まで読んできた岸田作品と比べると明るい雰囲気の読みやすい内容という気がした。たぶん少年少女向けのレーベルということで、岸田氏なりにアクを抜いた内容に仕上げたということなのであろう。その分、ミステリとしてはひねりが足りなかったり、あっさりしすぎたりという感はあるものの、子供向けということであればこのくらいでよいのかなと思えなくもない。

 ただそう思う反面、いまどきの子供でも、もうちょっとピリッとしたものがあってもよいのかなと思わないでもないのだが、そのへんのさじ加減が一番難しいことなのであろう。

 まぁ、気軽に手に取る事の出来る、少年少女が活躍するミステリ作品ということで。


めぐり会い   5.5点

2008年05月 徳間書店 単行本
2011年06月 徳間書店 徳間文庫
2019年09月 徳間書店 徳間文庫(新装版)

<内容>
 医者と見合い結婚し、趣味の絵画を続けながら、何不自由なく暮らしていた華美であったが、夫の不倫相手からの告げ口により、愛のない結婚であったことを知らされる。そんな夫に嫌気がさした華美は、あるときデジカメに撮った覚えのない見知らぬ少年が写っているのを見て、心を惹かれることに。華美はその見知らぬ少年の存在を突き止めようとするのだが・・・・・・
 流行歌手となった祐は、とある事件をきっかけに感じんのバンド活動を続ける気もなくなり、作詞作曲にも力が入らず、スランプの状態が続いていた。その状態をなんとか脱却しようと、思い出したくない自分の過去に向き合おうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 ジャンルとしてはミステリというよりも恋愛小説に近いのかな。一応、二つのパートが徐々に近づいていく様相を描いているので、ミステリとしても読めるものの、若干その要素は薄い。

 若い人妻のパートと、スランプに陥ったミュージシャンのパートの二つが交互に語られてゆくこととなる。ただ、どちらのパートも最初は自身の人生の愚痴を発しているだけというような感じで、読んでいてもあまり面白くなかった。途中から、放火事件が起こるなど局面が動き出す部分があり、そういった事件のようなものが入ってくると、興味を持って読むことができるようになっていった。

 ラストで二つのパートが意外な形で重なることとなるのだが、個人的には微妙という感じ。ただ、恋愛小説という面でみると、こんな終わり方も普通であるのかもしれない。


Fの悲劇   6点

2010年01月 徳間書店 単行本
2012年05月 徳間書店 徳間文庫
2019年04月 徳間書店 徳間文庫(新装版)

<内容>
 高校を卒業したゆうこは、祖母の旅館で母親と共に働いていた。そんなゆうこには、不思議な能力があった。過去に見たものを、自分でも忘れていたものでさえも、性格に描写することができたのだ。ある日、ゆうこは池に浮かんでいる女の絵を描いたのだが、その女の胸にはナイフが刺さっていた。その絵を見た祖母は、かつてゆうこには女優であった叔母がいて、20年前に殺害されたと告げる。では、何故ゆうこはその絵を描くことができたのか? ゆうこは叔母の死の謎を解き明かそうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 最近、岸田氏の作品を読んでないなと思っていたところにこの作品が新装版として復刊された。さほど時を置かずして復刊されているゆえに、これは期待できるのではと思い、購入して読んでみた。今回が初読。

 過去に起きた殺人事件を巡る物語となっている。過去のパートと現在のパートにわけ、並列に進行する形で物語が構成されている。過去に起きた主人公の叔母の死の謎に迫りながら、自身が抱える謎についてもやがて光が当てられることとなる。

 うまく出来ていると感じられつつも、非常に地味という感触もぬぐえない。うまく出来ているが故に、もう少し過去の事件を大げさな感じにしてもよかったような気が。特に登場人物らが普通の人々ゆえに、全体的にメリハリや起伏が感じられなかったかなと。そんな感じゆえに、ただたんに事件の進行を追っていったというくらいの印象しか残らなかった。物語がうまく描かれているだけに、なんとも惜しい作品というような。


白椿はなぜ散った   6点

2011年08月 文藝春秋 単行本
2020年07月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 大学生の望川貴は、幼馴染であるハーフの万里枝・プティに初めて会った時から惹かれ、今でも強い恋心を抱いていた。幼いころはよく二人で過ごしていたが、成長するにつれ疎遠となったものの、同じ大学に入り、同じ創作サークル「カメリア」に入ったことにより、また親しく話すことができるようになっていった。ただ、貴は自身にコンプレックスを抱えており、成長したプティが他の人に惹かれてゆくのをただ指をくわえてみているしかなかった。そんなとき貴は異父兄弟である木村晴彦と出会うこととなる。晴彦はピアニストでありつつも、だらしない生活を送り、しかも女たらしという、貴にとっては到底受け入れがたい人物であった。貴はそんな晴彦を利用し、プティを試すためにある罠を仕掛けようと試みる。そしてその試みは悲劇を生むこととなり・・・・・・

<感想>
 読み始めの印象はあまりよくなかったのだが、読んでいる途中で段々と面白くなっていった。読み終わってみれば、なかなか良い作品であると思われた。

 序盤は、望川貴という男の幼馴染に対する妄執みたいなものが延々と語られており、それがずっと続くのかと思うと、ちょっとうんざりさせられる。望川貴らが大学生となり、“カメリア”という創作グループに入り、そこからは恋のさや当てとでもいうようなものが展開される。それら大学生の恋愛模様をかき乱すかのように突如、望川貴の異父兄弟が表れる。

 そんな形で話が始まるものの、2章になると場面も話もがらりと変わる。2章になるといきなり、望川貴らの大学生活から数年後に場面が切り替わり、さらには1章に登場しなかった作家が盗作を訴えられるという話になる。そこからその作家が殺人事件に巻き込まれて失踪し、作家の恋人である看護師が作家の行方を探し始めていくという展開。

 第2章から物語は一気にサスペンス・ミステリ風になり、がぜん話は盛り上がってゆくこととなる。当然のごとく、第2章と第1章は関連しており、かつて“カメリア”で書かれた小説がその盗作問題に大きくかかわっているのである。また、そのカメリアで過去に悲惨な事件が起こっており、それがどのようなものであったのかが徐々に明らかになってゆく。

 こんな感じで進む物語となっており、読み進めるうちにどんどんと面白い展開となっていく。第2章で起きた殺人事件の真相もさることながら、かつて大学時代のカメリアでの人間関係や、そこで起きた望川貴による陰謀の結末、そうしてそれらの裏側にあるとある真実が浮き彫りになっていくという様相が興味深く描かれている。


味なしクッキー   6点

2011年10月 原書房 単行本

<内容>
 「パリの壁」
 「決して忘れられない夜」
 「愚かな決断」
 「父親はだれ?」
 「生命の電話」
 「味なしクッキー」

<感想>
 久々に読んだ岸田氏の作品。長編だと思い込んでいたのだが、ページをひらいてみれば短編。これが著者初の短編集となるのかな。

 その内容はというと、これがなかなか良くできている。ミステリ色が強いというわけではないのだが、思いもよらぬ展開と、意外性のある結末がそれぞれ用意されており、うまくできている物語と感心させられる。ただし、全ての作品が女性目線という風に感じられ、男が読むとずっと寒気がしっぱなしという困った作品集。

「パリの壁」
 パリに住む男を訪ねてきた女。女は男の秘密を知っているというのだが・・・。最初から最後まで全く先を読ませない展開で進んでいく作品。ラストにたどり着くと、男と女のしたたかさに舌を巻くばかり。

「決して忘れられない夜」
 別れたはずの女が勝手に家に入り込み料理を作っており・・・。これは女性の恐ろしさに、生理的に無理! と最初から最後まで感じさせられた作品。ストーカー的行為の行き着く先とは!?

「愚かな決断」
 人を殺した男が現場でつい電話をとったことにより犯すミス。殺人を犯した男が現場で明らかにミスというか、不可解ともいえる行動をとるのだが、その動機と感情がうまく描かれている。プロットもなかなか複雑で練られた内容の作品。

「父親はだれ?」
 この作品のみ「不可能犯罪コレクション」により既読。不可能犯罪というよりも、不可能犯罪を逆手に取った物語。これも予期せぬ展開の数々が待ち受けている。

「生命の電話」
 自殺者を守る「生命の電話」と間違えられてきた電話に適当な対応をしたら当の相手が本当に死んでしまったという内容。これはさほど捻りがなかったものの、犯行を計画した者の計画性には目を見張るものがある。

「味なしクッキー」
 妻を殺した男は殺人は認めたものの、奇妙な証言をしており・・・。計画的な殺人のようで、はたから見ると登場する刑事のように信じがたい事件ということになるのだろう。単に浮気された男の苦悩を描くものかと思いきや、実は救いようのない悪意が盛り込まれている。


無垢と罪   6点

2013年06月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 過去に起きた殺人事件と現在に起きた自殺事件を巡る連作短編集。
 「愛と死」
 「謎の転校生」
 「嘘と罪」
 「潜入捜査」
 「幽霊のいる部屋」
 「償 い」

<感想>
 久々に読む岸田氏の作品。購入した時は連作短編集ということを知っていたのだが、読むときにはそれを忘れてしまい、3話目を読んだときにようやくそれに気付き、あわてて前に読んだページを見返すこととなった。構成といい、内容といい、なかなか楽しませてくれる作品であった。

 簡単にいえば、現在と過去を結ぶ物語といったところか。過去に起きた殺人事件と、現在に起きた自殺事件の関連性を読み解くこととなる。作品全体で言えば、ただ単にミステリ的な内容を追うというだけではなく、それぞれの時を生きてきた登場人物たちがどのような生活を送り、どのように感じてきたのかという個々の物語こそが重要とも感じられる。

 うまく物語が構成されているものの、個人的にはその現在と過去を結ぶ必然性というものをもう少し強くしてもらいたかったところ。なんとなく最終的には、昔こんなことがありましたという感じで終わってしまっているのが惜しく感じられてしまう。ただ、著者としては前述したように、ミステリ性よりも時代を通じて生きる人々の姿を書きたかったという意義のほうが強かったのかもしれない。


月のない夜に   6点

2015年12月 祥伝社 単行本
2020年12月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 東京で暮らす月光(つきみ)の元に、父親から急な連絡が入ってきた。双子の妹である冬花が殺人容疑で逮捕されたという。被害者は冬花の高校時代の同級生である川井喜代。その報を聞き、月光の脳裏に過去の出来事がよみがえる。昔、冬花はその川井喜代に精神的に支配され、友人を失うという事件を起こしていた。そのときは、月光の手により、川井喜代と冬花をなんとか引き離すことに成功した。しかし、二人は大人になってから再会し、そしてとある罠へと陥ることとなり・・・・・・

<感想>
 ひとりの悪女を中心に、彼女の周辺で翻弄されるものたちの様子を描いたサスペンス小説。“悪女を中心”と書いたものの、話の最初で、その悪女・川井喜代が殺されたところから始まっている。この川井喜代が物語上の主人公というわけではないのだが、ある種、彼女の言動にスポットを当てた作品といっても良いのかもしれない。

 群像小説とまでは言わないが、中心となる人物の視点は多々移り変わる。事件の容疑者とされた双子の妹・冬花、その姉で普通に結婚生活を送っている月光、冬花ら簡単に操ることができそうな者たちを翻弄し財産と地位を獲得してゆく川井喜代、冬花の高校時代の友人で川井喜代に過去も現在も振り回されることとなるミカ、川井喜代の姉と引きこもりがちのその息子、等々。川井喜代が殺される前に、どのような背景があり、人々がどのように過ごし、川井喜代に殺意を持つことになったかが描かれている。さらに付け加えれば、川井喜代の前にも幾人かの人々が犠牲になっている。

 という物語が語られ、最終的には誰が川井喜代を殺害したのかが焦点となる。そして最後に驚くべき真相が語られることとなる。最後のほうになると、容疑者となりえる人の数が少なくなるために、ある程度は予想のつく真相が待ち受けているとも言えるかもしれない。それでも物語を流れるように進行させ、その底層ひっそりと悪意を潜ませるといった書き方はよくできていると思われた。なかなか読みがいのあるサスペンス小説であった。




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