<内容>
1995年1月17日午前5時46分。関西地方は兵庫県を中心に大きな地震に見舞われる。それは後に阪神・淡路大震災と呼ばれ、6千人以上もの人々の命を奪うこととなった。震災後、生き残った私立探偵の有希慎一は、友人である占い師の雪御所圭子を連れ、避難所にて避難生活を送る。震災によって精神に支障をきたした圭子を支えながらも、ボランティアらの助けを借り、徐々に落着きを取り戻してゆく有希たち。そうしたなか、知り合いの鯉口刑事から事件調査の依頼を頼まれる。なんでも震災直後に不可解な連続殺人事件が起きたのだという。有希は圭子のリハビリも兼ねて事件の調査を始めてゆくのであったが・・・・・・
<感想>
久々の再読。阪神・淡路大震災のなかで起こった奇想ともいえるような事件に、震災被害者である私立探偵と占い師が挑む事件。
この作品はミステリ云々というよりも、その震災後の描写に圧倒させられてしまう。震災を俯瞰したところから伝えるのではなく、被災者目線で語ることにより、現実的な恐ろしさをかもしだしていると言えよう。
ミステリ的な内容としては、密室から消えた犯人、短い時間のなかで消失したバラバラ死体の謎、そして磔にされた死体の謎。これらの不可能犯罪を私立探偵が調査してゆく。こんな震災後の混乱した状況のなかで何故捜査などという感じもするのだが、犯人が自衛隊員かもしれないという疑惑と、こんなときだからこそ殺人鬼がうろついているという状況を払しょくしたいという考えから素早い捜査が求められるという一面もある。また、主人公の有希慎一は、元々警察の捜査を手伝っていた占い師・雪御所が震災により自分の殻に閉じこもってしまったことを心配し、その外で起こっていることに興味を持ってもらえたらという考えもあって捜査に没頭してゆく。
なかなか魅力的な犯罪模様が提示されていると思いつつも、意外と解決に関してはあっさり目であったかなと。震災に関する描写の方が濃厚なせいか、その分ミステリに関しては薄めになってしまったような気もする。また、事件が起こるまでとその捜査が始まるのが、中盤以降ということもあり、結局のところ震災小説というような位置づけのほうが強くなってしまっているような印象が強い。
ちなみにこの作品で谺氏は第8回鮎川哲也賞を受賞してるのだが、その時の対抗が城平京、柄刀一、氷川透らとなっていて、そのラインナップに恐れ入る。
<内容>
人気歌手の矢貫馬遙が謎の死を遂げた。その死は自殺かと思われるふしもあれば、あきらかに人の手が加わったという事実もあった。その後に続く矢貫馬遙を追うように自殺を遂げる十代の若者達。そして影には不可解な事件も・・・・・・
自殺癖のある少女・絵梨と関わることになってしまった、興信所の探偵・緋色翔子。彼女もまた姉に自殺されたという過去を持つ。過去に悩まされながらも、翔子は絵梨を心配し、そして運命にからめとられたようにいつしか矢貫馬遙の事件の謎を追うことに。事件を調べていくうちに次々と明らかになる事件の裏に隠された謎。そして絵梨と翔子はその渦中に深く巻き込まれて行く。
<感想>
前半で歌手・矢貫馬遙の謎の死が提示され、それから中盤にかけて調査員・緋色翔子のこれまでの半生と絵梨との出会いが語られ、そして矢貫馬遙の死についての謎に巻き込まれて行く。
という内容なのであるが、後半にきて矢貫馬遙の死の不可能性が明らかになるにつれて、なぜかしらけてきてしまう。そのトリックの内容があまり納得できないせいか、その不可能性のある事件の解明の部分が蛇足に思えてくる。そして後半に「ツリーのどちら側に」とかいったことを深く調査していくのだが、それが不必要に感じられてしまうのだ。
この話のもう一つの核として、“自殺”というものがとりあげられているのだが、そちらだけで物語を構成してもよかったのではないかと思う。あくまでもミステリーを貫くために、最初に不可能犯罪を持ち出したとは思うのだが、それを単なる自殺として緋色翔子が追って行くという内容のほうがシンプルでよかったような気がする。
「未明の悪夢」のように不可能性の犯罪を提示してから話しが進んで行く、という構成にこだわらなくても良かったのではないだろうか。特にそのトリックがあまり完成度が高いものでないのならば・・・・・・
<内容>
1995年1月17日。未曾有の揺れが神戸を襲った・・・・・・阪神淡路大震災。私立探偵・有希真一も、自宅と探偵事務所を失ってしまう。そんな有希のもとに奇妙な事件の捜査依頼が。密室状況にあった簡易住宅で自殺死体が発見された。だが、動機に不審な点が!? 有希は、振子占い師の雪御所圭子とともに、密室の謎に挑む!
他、呪いの椅子にまつわる密室殺人、遠隔殺人機による奇妙な殺人、異人館消失のミステリーなど、震災直後から今日までの神戸を舞台に、二人の探偵コンビが不可能犯罪の謎を解く!
「仮設の街の幽霊/仮設の街の犯罪」
「紙の家」
「四本脚の魔物」
「ヒエロニムスの罠」
「恋霊館事件」
<感想>
それぞれの話自体に同じ主人公が登場すること以外には関連はないのだが、「仮設の街の幽霊」という問題編をプロローグに、「仮設の街の犯罪」で謎解きをエピローグに持ってくることによって、一つの連作短編のような形態をとっている。一応、主人公らの中での時間の経過という流れはあるものの、他の四篇はそれぞれ独立したものになっている。
「仮設の街・・・・・・」と「恋霊館事件」はどちらかといえば、物語の比重が強い内容となっている。その他の三つの短編のほうが密室による不可能犯罪を描いたものであり、私個人としてはそちらの三篇がお気に入りである。
「紙の家」は震災後の仮住宅である紙製のログハウスが建てられて家主が中に入った後に、その密室の中で一人死んでいるといったもの。これは案外普通の出来のものに感じた。実際のその家というのがいまいち想像できなかったせいかもしれない。
「ヒエロニムスの罠」は通販で手に入れた遠隔操作機で人を殺してしまったという告白をしてきた女性の話。その殺人にからんで密室があるのだが、どこかで聞いた話のようにも・・・・・・。しかしその密室の作り方には、なるほどなぁと関心することができる。
そして本書の一番のお気に入りは「四本脚の魔物」。これが、一番純粋な密室殺人を扱ったものではないだろうか。犯人の作為的な意図も感じられ、方法にもその単純さにかえって関心させられた。
著者にはこの勢いで、こういった短編を書き続けてもらいたいし、またこのような形態での長編も待ち望みたいものである。
<内容>
過去に起きた少年の手による不可解な少女殺害事件。そして現代に起きた酒鬼薔薇事件の悪夢。
神戸大震災の被害によって、パニック症候群に悩まされる男は治療の一環として、自分が想う事をミステリーとして書き下ろしてみることにする。その内容はまるで過去から現代に至る、少年犯罪をなぞらえたようなものとなっていく。そしてその小説は、いつしか作者の意図を飛び越えて現実の世界へ侵蝕していくことに・・・・・・
<感想>
神戸大震災の悪夢。そして世間を震撼させた少年犯罪事件。それらの悪夢は関係者のみならず、さまざまな人々を巻き込み、決して消え行くことはないのであろうか。
谺氏は神戸大震災を背景にしたミステリーを描いてきたが、本書では世間を震撼させた少年犯罪をとりあげたミステリーとなっている。その世間を騒がせた“酒鬼薔薇事件”であるが、TVのニュースなどではそれなりに衝撃を受けたが、私などは住んでいる地域が異なるためか他所で起きた出来事としかとらえることができなかった。しかしこれを読むことによって、近隣に住む人たちの恐怖というのは、計り知れなかったのだろうと考えさせられる。身近に事件を感じていた人にとっては、その恐怖というものはなかなか消え去るものではないのかもしれない。
本書ではそれらの少年犯罪を狂気の“場”として位置させ、そこにさまざま事件を配置している。過去に起こった少年の手による事件。一人の男が描く、小説の中での事件。現代の世界において悩みあがく少年。そして現実世界で巻き起こる連続殺人事件。これらの事件が並列に描かれている。
これらを読んでいるときは、何を伝えたいかと言うことは判然とはしないのだが、とりあえず社会派ミステリーとして描かれているのだろうと感じられた。しかし、それが後半へと進むにしたがって、つながりようのなさそうな事柄が徐々にまとめられ、一つへと収束していく様相に驚かされる。本作は社会派ミステリーとして成立しつつも真に本格ミステリーであるともいうことができる作品といえる。これは現時点での谺氏の最高傑作に間違いない。
ミステリーとしては完成されている本書であるが、では社会派としての側面においては何を伝えたかったのであろうか。はっきりいって少年犯罪については結論など出せるものではないだろう。本書においても連鎖性や過去の犯罪などを取上げてはいるが、必ずしもそこに結論が見出せるものではないようだ。そこに理由があったとしても、“興味”などと言う言葉だけでは、例え本質を突いていたにせよ衆人を納得させうるものではあるまい。
しかし、そういった明確な道標のようなものが見えなくても著者としてはこうした一連の事件に自分なりの区切りというものを付けたかったのではないだろうか。これは谺氏なりの一連の作品を通しての区切りといえよう。次からどのような道を歩み始めるのか。これは是非とも著者の言葉を聞いてみたいものである。
<内容>
惑星バ・スウからやってきた宇宙人イレム・ロウ。彼は地球人の生態を探るためにやってきた。そして地球に着いた矢先、彼はスピード写真機のボックス内での殺人を目撃することになる。しかしボックス内で殺されていたのは、入ってきた人物とは別の人間であった・・・・・・
その事件の謎を調べていくうちにイレムは“ケフェウス”という天体観測を行う団体にたどり着く。イレムはその“ケフェウス”が主催する天体の観望会というものに参加すると、閉ざされた天文台の中で謎の焼死事件が起こる。そして外に出ることができなくなった建物の中で次々と事件が・・・・・・
<感想>
この著者の今までの作品はいちおうシリーズという形態のものとして書かれてきたのだが、それとは別の作品がようやく書き出されたようである。これを機にどんどん新しい作品を書いて、ブレイクしてもらいたい作家の一人である。
証明写真機のボックスの中での入れ替わり、密室での焼死体、脱出不可能な建物の外での犯行と不可能犯罪がこれでもかと並べ立てられる豪華な内容となっている。まさに奇想を地で行くかのような作品といえよう。
しかし、それで作品の完成度が高いものになっているかといわれると微妙なところである。それは事件全体が、とある一つの真実によりかかリ過ぎていると感じられてしまうところである。そしてそれはミステリーを多く読んでいる読者であればすぐに気づかれてしまいそうな真実なのである。ゆえに、この作品というのは全体像が見極めやすい作品であるということが大きな欠点ではないかと感じられた。
とはいえ、近年出版されている本のなかでは、まっとうに本格ミステリーに挑戦している本であると思う。これからもその本格スピリットを持って、どしどしと書いてもらいたいものである。
<内容>
神戸の震災からもうすぐ10年が経とうとしていたある日、神戸にある“冬景楼”と呼ばれる館で奇怪な事件が起きた。そこに住む老婦人が何者かに首を絞められて、重体となって発見されたのである。目撃者であり老婦人と文通を介してしりあったという女子中学生は、老婦人が壁の中に棲む魚の怪物に襲われたと言うのである。NPOの震災ボランティアをしている知人からこの話を聞き、事件にかかわることになった探偵の有希は事件を調査し始めるのだが・・・・・・
<感想>
著者である谺氏は神戸大震災を描いたミステリ作品にてデビューした作家である。それ以後も度々、震災について言及する作品を描いてきた。今作もその震災に関わる作品となっている。
正直なところ、これを読み始めたときは「また震災の話か」と思ってしまったのだがこの作品を読んでいると、震災から10年以上が経過したいまでも震災が人々に残したものは決して消え去る事はないということを痛感させられた。そして、10年以上が経ったからこそ、地震を経験した人にとっては別の問題が表れ始めているということも本書を読んで知る事ができた。こういった様相を本書を通して目の当たりにさせられると、この作品がこういう内容で描かれたのも、震災というものを追ってきた著者にとっては実に自然なことであったのだろうと理解させられた。
本書の内容であるが、ミステリとして大きな謎は2点。巨大な肺魚の姿をした怪物の存在、そしてタイムスリップして撮ったという写真の存在。これらの正体を調べつつ、探偵の有希は殺人未遂事件の真相を調査してゆくこととなる。
そして結末まで読んでの感想であるが、微妙に期待が外れてしまったかなと。こちらが期待していたよりも事件自体が何者かが仕組んだというよりは、たまたまそのようになってしまったという感じのほうが強いという印象である。ある程度人為的にトリックを仕組まなければ、ただ単に勘違いということで済まされてしまうので、ミステリとしてのインパクトは弱いといえよう。
まぁ、それでもラストで明かされる意外な事実や、全体的に事件の全てを結びつけかたといい、見所がないわけではない。怪奇色の強いホラー・ミステリ作品の佳作ということで。
<内容>
資産家の屋敷の離れにある建物で起こる連続自殺事件。ボランティアとして引きこもりの若者を屋敷に住ませ、厚生をさせようとするのだが、若者たちは時を経て、前任者を辿るように奇怪な自殺を図ってゆく。しかも離れに引きこもる際、皆がケムール人の仮面をかぶり・・・・・・
<感想>
谺氏による久々の新作。谺氏の本業はアニメーターのようであり、しばらくの間新刊が出なかったので、もう小説は書かないのかと思っていた。それが8年ぶりに新刊が出たということで、これはうれしい限りである。今作の「ケムール・ミステリー」の“ケムール”というのはどこかで聞いたような単語だと思いきや、なんと特撮怪獣(特撮宇宙人?)の“ケムール人”が元となっている。このケムール人の着ぐるみや仮面が作品に効果的に使用されている。
それで久々に作品を読んだ感想はというと・・・・・・うーん、ちょっと微妙としか。提示される謎は面白いのだが、探偵役のスタンスが微妙。玩具屋を営む・鴉原という人物が探偵役をする必然性があるのかというのが疑問点。特に正義感が強いというような人物でもなさそうであるし、そもそも世間に対して興味がなさそうな人物のように描かれている。過去から現在にまつわる奇妙な事件が起きていることを発見したからといって、単なる玩具屋がたいした伝手もなく資産家の屋敷に乗り込んでいくというのは無理があったような。
また、本書の一番の問題点は、事件の構図があまりにもわかりやす過ぎる、ということ。序盤でなんとなく事件の裏側を見通すことができ、しかも同じことの繰り返しゆえに、なおさら構図がわかりやすくなってしまっているような。しかも、この奇妙な自殺事件の連鎖を警察や遺族が軽く見過ごしてしまうというところも微妙。
雰囲気や怪奇性はなかなかのものと思えたのだが、全体的にこれはどうだろうというような違和感ばかりを多く感じてしまった。著者の久々の作品という事で期待したのだが、ちょっと残念な内容であった。