奥泉光  作品別 内容・感想

ノヴァーリスの引用   

1993年03月 新潮社 単行本
2003年05月 集英社 集英社文庫
野間文芸新人賞、瞠目反・文学賞 W受賞

<内容>
 恩師の葬儀が終わった後、久々に会った、かつて同じ研究会にいた面々は酒盛りを交わす。会話をしているうちに、十数年前に大学図書館屋上から飛び降りた同じ研究会のメンバーの話に移っていく。彼の死は本当に自殺であったのか? 彼の死を検証しようとする4人。話は彼が卒論に用いてた一文、ノヴァーリスの引用にまで踏み込まれていくこととなり・・・・・・

<感想>
 受賞した賞のタイトルからもわかるとおり、文学よりの作品。作中ではミステリ的な議論もなされるが、犯人を推理するというよりは、被害者について評論するといった趣が強い。後半にいたっては、ホラー的な描写までも含まれ、ひとつの枠組みに収まりきらない内容の作品。短いページ数であるのだが、考察や評論が難解ゆえにとっつきにくい小説。


プラトン学園   

1997年07月 講談社 単行本
2007年01月 講談社 講談社文庫(最終章、大幅改稿)

<内容>
 大学を卒業したばかりの木苺惇一は離れ小島に建つ“プラトン学園”に英語教師として雇われることになった。何の知識も持たないまま学園へと行ってみたのだが、そこに通う生徒も、そこで働く教師達もどこか妙な人物ばかり。そして、学園を細部まで表したプラトン学園のネットソフト。そのソフトの中には学園で謎の死を遂げたという、前任の英語教師の石黒という人物が現れるという噂が・・・・・・。木苺はネットの中のプラトン学園の世界へとはまってゆき、やがて外と内の区別がつかなくなり・・・・・・

<感想>
 奥泉氏の作品の中では読みやすい部類に入るであろうが、物語の後半に入ると、これもまた奥泉氏の作品らしい破綻の仕方をしている。ミステリっぽく書かれていながら、その主題はミステリではありえないように思えるし、学園モノとして描かれながらも、学園モノとして機能していないような、微妙に変な作品である。

 読んでいるときは、最近ありがちの電脳小説という感じがしていたのだが、書かれたのが10年前ということを考えると、これは一種のSFではないかとも捉えることができるだろう。現実の世界と、現実に似せられたネットの世界が次第に交わってゆき、いつしか現実と虚構の世界との境目がなくなっていることに気づかされる。そうして、何が現実で何が虚構か区別がつかなくなってきたときには、既に主人公のアイデンティティは崩壊していたというような作品。

 結局のところ作品の主題がどこにあるのかよくわからなかったのだが、アイデンティティとか、現実と虚構とか、そういった精神的なキーワードのいくつかくらいはなんとか読み取ることができた。10年後の世界に先駆けた、電脳系精神系ハイブリッド小説とでも言い表しておくとしよう。


モーダルな事象   桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活

2005年07月 文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ

<内容>
 大阪の女子短大で日本文学を教えている冴えない助教授・桑潟幸一。そんな彼が猿渡という編集者から仕事の依頼を受ける事に。それは、無名の童話作家・溝口俊平の遺稿が見つかったので、その解説を書いてくれというもの。さらに話はいつのまにやら、桑潟がその遺稿を見つけた事にしてくれと・・・・・・。そんな奇妙な依頼を受けた桑潟であるが、その後なんと出版された溝口の作品がベストセラーになってしまう。しかし、大喜びの桑潟の元に届いた知らせは編集者の猿渡が死んだというものであった!!

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<感想>
 これは奇書とでもいうべき本であろう。ミステリーの中に文学を混ぜたというか、文学的なものの中にミステリーの要素を挿入したというか、一冊の中にさまざまな要素の内容を踏まえた作品となっている。さらには、新聞記事や雑誌記事などを挿入するといった構成も楽しめるものとなっている。

 奥泉氏の作品というと、“難解”という印象がある。さらには本書は分厚いので、正直言って読む前はこの作品に取り掛かるのに躊躇させられた。しかし、読んでみるとこれがなかなか読みやすく、楽しめる作品であるということがわかった。

 そして何といっても本書の特徴は笑えるという事。奥泉氏の作品を読んで、これ程笑えることになるとは想像もしなかった。特に文学課助教授・桑潟氏のパートは爆笑しながら読むことができた。

 そんなわけで、好みとしてはこの桑潟助教授のパートのみで話を進めてもらいたかったところなのだが、途中から元夫婦探偵というものが出て来て、桑潟とは全然別の方向から事件に関与していくことになる。ただ、このパートはあまりにも普通の(というよりも通俗のと表現したほうがいいかもしれない)ミステリー地味ていて退屈に感じられた(それなりに笑わせてもらえたところもあるのだけれど)。

 さらには、中途中途で現実か虚構なのかわからなくなるような部分が多々見受けられたもの微妙なところ。最終的にはそれらの場面が話の解決に結びついていたようには思えなかったので、現実的な場面だけで話を進めたほうが良かったのではないかというのが私的な意見。

 また、最初に“奇書”とは書いたものの結末があまりにも普通に綺麗に落ち着きすぎて、かえって平凡に感じられてしまったところは“奇書”という名にはふさわしくないかもしれない。

 という事で、本の分厚さのせいか、中盤は中だれしたようにも感じられたが、総合的に見ればなかなか面白い作品だと言う事ができる。妙に笑わせてくれる作品であり、読んでみて損はしないと思うので、時間と機会があれば是非とも手にとってもらいたい作品である。


神 器  軍艦「橿原」殺人事件   

2009年01月 新潮社 単行本(上下)

<内容>
 昭和20年初頭、石目青年は上等水兵として軍艦「橿原」に乗り込むことが決まった。石目にとっては、これが三度目の艦船勤務であり、慣れたものであったのだが、この軍艦には何か不穏なものが感じられた。この軍艦では以前に不審な変死事件が起きたという事を知り、石目はますます不安にかられることに。
 この「橿原」という軍艦、さほど大きい船ではないにもかかわらず、単独航行を行う予定のようであり、いったい何を目的とする艦であるのかがわからない。そして徐々に怪しげな人物達が乗り込み始めた頃から、さまざまな噂が語られることとなり・・・・・・

<感想>
 うーん、だまされたと言うと、そういう言い方もどうかと思うのだが、少なくとも副題に“殺人事件”という言葉がついているからには、ミステリ的な展開を期待せざるを得ない。にもかかわらず、実際のところは終始戦争小説のみで終わってしまっている。この展開にはがっかり。

 本書はとにかく文書密度の濃い作品で、著者が思いついた事の全てが書かれているといってもよいほど、事細かな描写であふれている。それが400ページの上下巻となっているので、読み通すのはなかなかきつかった。

 序盤は謎の目的の軍艦内で昔に変死事件が起こったということが語られ、さらに現在でも謎の変死事件と失踪事件が起こることとなる。その謎の中心となっているのが“5番倉庫”という何やらいわくありげな場所。そこに隠されているものの正体こそが事件の謎を解く鍵であり、軍艦「橿原」の存在の謎をとくものであるのだろう、という展開で話が進んでゆく。

 だが、話は一向にミステリとして収束する気配はなく、それどころが全てあいまいなままに話が終わってしまったというような気がしてならない。この作品はどちらかといえば、SF的な戦争小説もしくは伝奇的な戦争小説という位置づけがふさわしいと思われる。ただ、主題としては戦争まっただ中での、兵士達それぞれの考え方生き方の主張が中心となっているようなので、SFとか伝奇という部分が前面にくる内容でもない。とにかく“謎”という部分が全て希薄なままで終わってしまうのである。

 よって本書では戦争小説という観点から描かれた作品と言うことは感じ取れたのだが、そこで取り上げられる主張もさまざまなものがあり、どこに主眼を置いたらよいのかわかりにくく、ただ単に言いたい放題の小説という印象しか残らなかった。

 購入したときは、今年最大のミステリ界における話題作か? と思ったのだが、そういった面では期待はずれであった。そんなわけで奥泉氏のファンであるとか、トンデモ系の戦争小説が好きだとか、そういった人にしかお薦めできない作品。


石の来歴/浪漫的な行軍の記録   6.5点

2009年12月 講談社 講談社文芸文庫
(「石の来歴」 1994年、芥川賞受賞)

<内容>
「石の来歴」(1994/03 文藝春秋、1997/02 文春文庫)
 戦後、兵役から無事に帰ってこれた真名瀬は、石に魅せられる生活を送ることに。経営する古本屋は、経済成長と共に軌道に乗り、真名瀬はますます石の研究にのめり込むこととなっていった。妻を持ち、二人の子供を持ち、順風満帆の生活を送っていたはずの真名瀬であったが、とある事件が彼の家族を引き裂くこととなり・・・・・・

「浪漫的な行軍の記録」(2002/11 講談社)
 兵士たちのいつ終わるとも知れぬ、見果てぬ地での軍事行軍。その極限状況において彼らが見たものとは・・・・・・

<感想>
「石の来歴」と「浪漫的な行軍の記録」の2作を掲載した作品。ちなみに「石の来歴」が芥川賞を受賞していたことはすっかり忘れていた。そういえば奥泉氏って、芥川賞受賞者だったのかと。今ではどちらかというと直木賞側に作品の内容が傾いている気がするが。


「石の来歴」は、ミステリとして読んでも面白いと思われる。最初は復員した主人公が順風満帆の生活を送り、そのまま“石”にこだわりぬいた人生を送る話なのかと思ってしまった。しかし、中盤で主人公の身に思わぬ殺人事件が降りかかり、事態は思わぬ方向へ進むこととなる。

 内容としては戦争の余韻を残す戦争の記憶に関する小説かと思っていたのだが、著者に言わせると戦後の学生運動の方面に力を入れた小説ということらしい。確かにそういった描写もあるものの、実際の内容はというと、やはり“戦争”の影響のほうが強い作品と思われた。そして、作品の最後で思わせぶりな結末を迎えることとなるのだが、これがなんともミステリ的な・・・・・・いや、あえて真相を伏せているところこそが文学的であるのかと。


「浪漫的な行軍の記録」は、こちらは完全に戦争よりの作品となっている。メタ小説というような感じも読み取れ、「石の来歴」よりももっと過去と現実と幻想が錯綜した内容となっている。読んでいくうちに、戦後に過去を思い起こしている話なのか、それとも戦争中に未来に夢をはせている内容なのか、だんだんとわからなくなってゆく。戦時中の兵士たちの思いも、それぞれが異なる思いと感情のものとなっており、それがまた物語の錯綜ぶりを加速していく効果を上げている。


シューマンの指   7点

2010年07月 講談社 単行本
2012年10月 講談社 講談社文庫

<内容>
 かつて音楽家を目指しながらも挫折し、現在は医者となった里橋のもとに級友から一通の手紙がきた。そこには、学生時代親交のあったピアニスト永嶺修人の活躍が書かれていた。しかし、永嶺は指を失い、もうピアノが弾けなくなったのではなかったか。医者としての仕事が忙しく、その手紙を放っておいたのだが、それから20年の月日が流れ、再びその手紙を取り出してみた里橋。彼は、20年以上前に永嶺らと過ごし、シューマンに傾倒した時のこと、そしてとある事件に関わったことを思い出す。

<感想>
 単行本で出たときに興味は覚えたものの、文庫化されるのを待ち、ようやく読了。これは単行本を買って読んでおいてもよかったなと思わされた作品。ひょっとすると今までの奥泉氏の作品のなかで最高傑作なのではとさえ感じさせられた。

 文章は決して読みやすいとはいえない。シューマンをはじめとする音楽についてきっちりと描かれているのだが、硬さを感じ取れるぐらいにきっちりと描かれ過ぎている。序盤はシューマンへのオマージュか、とか、青年たちの音楽を通しての交遊録かなどと感じ取れる内容。中盤になってひとつの事件が起こるものの、まるで大した話ではないかのように、さらりと流されてしまう。そうして、後半へと至り、そこから物語は二転三転と形を変えていくこととなる。

 読んでいる途中はミステリ色は薄い内容なのだなと思っていたのだが、後半に入り突如ミステリとしての濃度が濃くなってくる。そうしてミステリとして結論がつけられるのかと思いきや、物語どころか、作品の世界観すら反転してしまうようなカタストロフィが待ち受けている。最終的には一見、捻りを加えたミステリ作品のようにもとらえられるのだが、実はシューマンに傾倒したひとりの男の物語、もしくはシューマン自身を表現した物語であるかのようにさえ感じ取れるのである。

 こういった内容のものを、文学青年の集まりや、ミステリ好きの青年たちの集まりという形で表現した作品は多いと思うが、音楽家たちの青春像として文学的に描きあげた作品は少ないのではないだろうか。こうした要素がそれぞれ別々のものとして描かれれば、普通の作品と言えるのだが、音楽的に、ミステリ的に、幻想的に描き合わせた故に、たぐいまれなる作品として仕上げられているといえよう。


桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活   6.5点

2011年05月 文藝春秋 単行本

<内容>
 関西の女子短大から千葉県の“たらちね国際大学”に赴任してきたクワコーこと桑潟幸一。新天地で働くことを期待していたものの、彼を引き抜いた鯨谷教授からはいいように使われ、安すぎる給料に驚き、研究室は文芸部に乗っ取られ、赴任早々学生からはクワコーと呼び捨てられる。そんなクワコーがたらちね国際大学にて、さまざまな事件に巻き込まれるものの、文芸部員達のおかげでなんとかピンチを乗り切っていく。

 「呪われた研究室」
 「盗まれた手紙」
 「森娘の秘密」

<感想>
 まさか再びクワコーに会えるとは・・・・・・。「モーダルな事象」で初登場した文学部の准教授・桑潟幸一が登場するミステリ作品集。

 ただし! このクワコーは決して活躍するわけではない。それどころか、ただただ、情けなさをひけらかすだけ。その情けなさがなんとも哀愁を漂わせるのである。

 今作では、今までクワコーが通っていた関西の大学から舞台を変え、千葉県の三流大学での勤務となる。そこで出会う文芸部員達に研究室を占拠され、居場所すら失いそうになるクワコー。ただ、その文芸部員の女子大生たちが事件が起こるとクワコーの代わりに活躍するのである。副題に女子大生探偵団と付けてもおかしくなさそうな内容となっている。

「呪われた研究室」では、クワコーが赴任して早々、彼に与えられた研究室に幽霊が出るという噂を聞かされ騒動に巻き込まれる。
「盗まれた手紙」では、さる企業の人から預けられた手紙を盗まれないようにクワコーが隠すというもの。
「森娘の秘密」はクワコーが学内の権力争いに巻き込まれつつ、彼自身が非常に不利な立場にたたされてしまう。

 どれもがミステリ作品としては弱めなのであるが、本書はただただクワコーの情けないキャラ設定により乗り切っていくという一風変わった作品である。決して濃いミステリとは言えないものの、とにかく笑えて楽しめる作品に仕上げられているので、読んで損はないこと請け合い。この分だと続刊も期待できそうなので、乗り遅れがないように読んでおくことをお薦めしたい。


黄色い水着の謎  桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2   6点

2012年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「期末テストの怪」
 「黄色い水着の謎」

<感想>
 クワコー三度! しかもこんなに早く・・・・・・とはいえ、中編2編じゃあ物足りない。もう一編付けくわえて中編3つになってから本にしても良かったのではと思えるのだが。ただ、この状況であれば完全にシリーズ化されたと見てよいのであろう。定期的にクワコーの活躍(?)を見ることができるのであれば、それはそれで満足。

 今回は、採点しなくてはならない答案用紙が盗まれクワコーこと桑潟幸一が文芸部員に泣きつく「期末テストの怪」と、文芸部員達と海へ合宿へと行った際に起きた水着消失事件を描いた「黄色い水着の謎」の2作。

 ミステリとしての謎に関しては、端正とまで言うと言い過ぎかもしれないが、それぞれ綺麗にまとめられている。ただし、うまくまとまり過ぎていて、ややインパクトには欠けるような気も。

 とはいえ、このシリーズの楽しみはミステリ要素のみならず、クワコーの情けない生態を観察するというメインテーマが控えている。安月給のなか、いかに安い食材を手に入れて、より優雅に過ごそうと苦心するクワコーの生活からは目を離すことができない。ザリガニ捕りから古本の回収、はたまた磯辺での食材探しと生き方はレベルダウンしつつも、クワコーのスタイリッシュな生活自体はグレードが上がっているようにすら錯覚する。

 そんなクワコーの生態と、彼を放っておけない(?)個性的な文芸部員達の活躍が今後益々楽しみである。


虫樹音楽集   6点

2012年11月 集英社 単行本
2015年11月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「川辺のザムザ」
 「地中のザムザとは何者?」
 「菊池英久「渡辺征一論 − 虫愛づるテナーマン」について」
 「虫王伝」
 「特集「ニッポンのジャズマン200人」 − 畝木真治」
 「虫樹譚」
 「Metamorphosis」
 「変身の書架」
 「「川辺のザムザ」再説」

<感想>
 一応、連作短編形式となってはいるものの、あくまでも全体で一つの作品という構成になっている。カフカの「変身」という小説と、ジャズを融合したような小説である。語られる短編のいくつかはフィクションとして書かれているものもあるので、必ずしも真実が描かれているとは言えない。そうしたなかで、ひとりのサックスプレイヤーについて言及していくというメタ小説である。ちなみに、ミステリ的な内容ではない。

 カフカの「変身」にインスピレーションを得たかのようなジャズサックスプレイヤー、通称“イモナベ”。彼の伝説とも言われる(あくまでも一部で)ステージから、その後姿を消すまでを追うという内容が描かれている。その間には、虫の化石についての論考や、巨大な虫が目撃されるという騒動、謎のアルバイトの顛末などのエピソードも描かれている。

 さまざまなエピソードが語られつつ、一見関係のなさそうな話も、最後のまとめにより、ある程度の相関関係があるということに気づかされる。ただ、個人的には“イモナベ”主体の話のはずであったのだが、後半になってそれがブレてしまったように思えたところが残念でならない。全体的にきっちりとした整合性を求めるような作品ではないと思われ、あやふやながらも何とはなしにジャズとカフカの不思議な世界に惹き込まれてしまった。


東京自叙伝   

2014年05月 集英社 単行本
2017年05月 集英社 集英社文庫

<内容>
 東京に潜む“地霊”が人の心に乗り移り、その目を通して1845年から2011年までの160年あまりを駆け抜けてゆく。これぞ裏東京史!?

<感想>
 章ごとに視点が変わる小説。それゆえに、転生を繰り返して東京の歴史を紐解くような内容かと思いきや、転生ではなく、東京に巣くう地霊が気まぐれに人から人へと乗り移るといったような感じになっている。故に、SF的な設定で整合性とか、そういったものはなく、大雑把な視点で眺めてゆけばよいというような感覚で読むべき作品だと思える。

“裏東京史”と言いたいところだが、何気に東京というか日本で起こった歴史的な大きな事件が取り上げられており、普通に“東京史”が描かれた作品とも捉えられる。よって、タイトルにある“東京自叙伝”という名付け方は言い得て妙と言えよう。とはいえ、言うまでもないがあくまでもフィクション。それらを個人的な観点から見ていくことができるというところが面白いところか。特に昭和に起きた重要な歴史を一気に駆け抜ける描写は見どころであり、歴史の移り変わりを再確認しながら楽しんで読んでゆくことができる。

 何気に書いてある内容というか、“地霊”による事件に対する感想が物騒だと感じたものの、要はこの“地霊”実は東京滅亡を願っているというとんでもない設定。ゆえにそのような感想は至極当然ということか。年号が“令和”に移行する今だからこそ読むにふさわしい作品ではないかと思えなくもない。


ビビビ・ビ・バップ   6点

2016年06月 講談社 単行本
2019年06月 講談社 講談社文庫

<内容>
 ジャズピアニスト兼音響設計士のフォギーこと木藤桐は、世界的なロボット工学者である山萩氏から頼まれ、彼の墓の設計を手掛けることとなる。それは架空墓と呼ばれる類のもので、墓参者がアバターを使って、架空墓内で故人と会う方式のもの。その制作を行うだけであったはずが、いつの間にかフォギーは、全世界を危機に陥れるウイルス大感染の陰謀に巻き込まれてゆくこととなり・・・・・・

<感想>
 文庫で読んだのだが、結構分厚い作品だと思いきや、中味もかなり濃厚なもので読むのに少し時間がかかった。AI、もしくはVR版サイバーパンク小説というような趣の作品。

 内容は、要約を試みると何気に簡単にまとめられるような気がする。ある種のウイルス大感染による災害に関わる世界を描いた作品であるのだが、実はその災害云々とか、災害を何故起こすのかとか、そういったことはメインではなく、あくまでもその世界を作り上げるということが重要であったように思われる。

 未来の想像される技術により、仮想来空間が創り上げられているものの、なぜかそこは昭和のようなレトロ調。ゆえに、サイバーパンクのわりには、どこか昔懐かしという情景がひろがっている。昔懐かしといっても、牧歌的な風景ではなく、バブル期を思わせるような騒然とした過去の日本。なんとなく、そのちょっと昔の時代を懐かしむための小説という風にも捉えられる。

 本題は、ジャズピアニストがウイルス感染の陰謀に巻き込まれ、右往左往するというもの。ただ、この主人公は巻き込まれ型の典型という感じであり、主体性があるわけではないせいか、この物語自体があまり主軸とは感じられない。現実世界とサイバー空間を交えた世界での壮大なるバカ騒ぎを描いた作品ということでよいのであろう。

 あとがきを読むとどうやらこの作品、昔に書かれた「鳥類学者のファンタジア」(未読)に関連しているということなので、そちらも合わせて読むと面白いかもしれない。ただし、あくまでも別々の作品となっているので、単体として読んでも問題はないとのこと。


雪の階   5.5点

2018年02月 中央公論新社 単行本

<内容>
 昭和十年、華族の娘で二十歳となる笹宮惟佐子は、ドイツ人ピアニストのコンサートに来ていた。そこで友人の宇田川寿子と会う約束をしていたものの、結局、寿子は現れなかった。その後、寿子が心中事件を起こし、死亡したことを知らされる。その心中事件に不審なものを抱いた惟佐子は、古くからの知り合いであるカメラマンの牧村千代子に事件について調べてほしいと頼むのであったが・・・・・・

<感想>
 奥泉氏の作品はたいがい文庫化してから読んでいるのだが、2月に購入した新刊作品が少なかったので、思い切って購入してみた。600ページ弱というなかなかの大長編。

 本書は、2・26事件が起こる直前という時代を描いた物語。華族の娘である笹宮惟佐子が、友人の心中事件に不審なものを感じ、その真相を調べてゆくというもの。

 読んでみて、これはなかなかの難物であった。決して読みやすいとはいえず、さらにはエンターテイメント作品という感じでもないので長大な文学小説を読んでいるような感じ。一応、ミステリ的な謎が少しずつ少しずつと読者を飽きさせないような感じで出て来てはいるものの、それでも長いと感じてしまった。

 そして内容についてはどうであったかというと、全体的に何を主題としたかったのかがよくわからず中途半端のように感じられた。最後まで読むと、ミステリという感じでもなく、華族の生活を描きたかった文学小説かというと、それも微妙。読む前は、徐々に2・26事件が近づいてきて、その事件と密接にかかわるものが前端として語られてゆく話なのかと思っていたのだが、そんな風にも捉えることはできなかった。

 一応は迫りゆく2・26事件に関連するものを描いているとも言えなくもないのだが、それでも全体的にしっくりいくというような感じではなかったかなと。結局もやもやした感じで話が終わってしまったという印象しか残らなかった。


ゆるキャラの恐怖  桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3   6点

2019年03月 文藝春秋 単行本

<内容>
「ゆるキャラの恐怖」
 学校のオープンキャンパスにて、ゆるキャラの中身を務めることとなった桑潟幸一。それで終わりかと思いきや、なんと大学対抗ゆるキャラコンテストにまで出場することとなってしまった。そんな彼のもとに、コンテストに出場するなという脅迫状が届き・・・・・・

「地下迷宮の幻影」
 あまりの給料の少なさから、食材にセミやキノコといった無料で手に入るものを選ぶことに夢中になっていた桑潟であったが、そんな彼が大学構内を巡る陰謀劇にまきこまれることに。なんと桑潟は二重スパイを務めることとなり、学内の同僚の後をつけて、何をやっているのかを調べる羽目となり・・・・・・

<感想>
 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活、第3弾(「モダールな事象」から数えると4冊目)。またもやさらなるクワコーの活躍? 生態? 醜態? を見ることができるとは。

 もはやミステリ云々などは関係なく、読み物として楽しめる。さらに言えば、まともにミステリとしてとらえても結局は脱力させられるだけ(もはやこのシリーズを真剣にとらえる読者などがいるであろうか)。

 といいつつもクワコー自身は大変な目にあい、ゆるキャラの着ぐるみを着て悪戦苦闘した挙句、命を狙われるような目にあう始末。さらには彼とは関係ないはずの学閥を巡る争いに巻き込まれ、ちょっとした報酬目当てに命の危機に(といってもキノコに・・・・・・)遭遇することに。

 今作ではクワコーはしっかりと活躍してくれるものの、彼の周辺の学生たちの活躍はやや少なかったかのように思える。それでも、私立大学校における現状や、大学カリキュラムの一部についてなど、何気にフィクションとは言い難い大学が抱える問題などを垣間見えることができ、全体的に興味深く読むことができた。また、この作品を読めば、例え逆境に置かれてもたくましく生きてゆくのだという希望が芽生え、クワコーと共に生きてゆこうという気力が湧いてくるような。


死神の棋譜   6.5点

2020年08月 新潮社 単行本
2023年03月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 元奨励会棋士で、現在はライターをしている北沢は将棋会館でとある出来事に遭遇する。それは、矢に付けられていた詰将棋の棋譜を見つけた者がいて、その詰将棋を数人の騎士が検討していたというものである。北沢の先輩である天谷は、彼も元奨励会棋士で、彼が奨励会時代に同じような事件に遭遇し、その棋譜を見つけた者がその後行方不明になったということを話しだす。そして、今回その棋譜を見つけた者もその後行方がわからなくなり・・・・・・

<感想>
 すごく色々と詰め込まれていて興味深く読める作品。読み始めは奨励会棋士の苦悩を描いた作品のように捉えられるのだが、決してそれだけにはとどまらない内容となっている。

 矢文として付けられた棋譜のことを調べていくうちに、過去の失踪事件が明らかになる。そして大正時代に北海道を拠点とした宗教染みた将棋団体“棋道会”の存在が明らかになり、そこで矢文が使われていたことを知ることに。

 と、物語が展開されていくうちに、まるで伝奇小説のような様相をていしていくこととなる。まるで奨励会を引退せざるを得なくなった棋士たちの怨念をまとうように、幻となった将棋団体の痕跡に引かれ行き、棋士たちが消え失せていっているかのような。

 そんな感じで話が進み、伝奇小説のような幻想小説のような感じになりつつあるのかと思いきや、今度は現実に引き戻され、まるでサスペンス小説のような展開へと流れてゆく。このように、様々なジャンルを包括するように話が進められ、幻想的なところへ流されていくと思いきや、現実へ引き戻されという交互の流れに乗って物語を読み進めていくこととなる。

 最終的に、本格ミステリのようなはっきりとした結末が付けられるような物語ではないのだが、その話の構成に惹かれつつ、最後まで読めば物語を堪能した気分にさせられる作品である。読み手によって、印象を残す部分は異なるかもしれない。ちなみに将棋好きにお薦めできる作品と言えるが、別に将棋のことを全く知らなくても十分に楽しめる作品だと思われる。




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