Robert Goddard  作品別 内容・感想

リオノーラの肖像   6.5点

1988年 出版
1993年01月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 70歳のリオノーラ・ギャロウェイは、娘に初めて自分の人生について語りだす。それはリオノーラが子供のころ、老いて体が不自由となった祖父と血のつながらない祖母との寒々とした生活。母親はリオノーラが生まれてすぐ亡くなり、父親については誰なのかすらわからない。リオノーラはやがて大人になり、屋敷を後にすることとなるが、その後ある人物から、リオノーラが生まれる前にその屋敷で起きた殺人事件について聞くこととなり・・・・・・

<感想>
 久々に再読した作品。もう30年以上も前の作品となるのかと、ふと思う。ゴダードの作品は今も読み続けているので、もうそんなに前の作品であったのと感慨深い。本書はゴダードの第2作品。

 ミステリ云々というよりは、ひとりの人物を中心にその周辺の人々の人生も描きあらわす小説という感じのもの。これがいわゆるゴシック小説(?)というものなのか。物語の最初に登場して、自分の娘に話を聞かせるリオノーラ自身の人生についてと、そのリオノーラの母親で同じ名前のリオノーラの人生にまつわる二代記というような感じである。

 最初のリオノーラは、自身が祖父と血のつながらない祖母(再婚のため)共に屋敷で暮らした日々のことを語り始める。リオノーラの母親は彼女を生んだのちにすぐ亡くなり、リオノーラの父親のジョン・ハロウズは戦死している。ただ、そのジョンがリオノーラの父親ではないようだという事実を伝えられることとなる。その後、リオノーラは結婚して、屋敷を出ることに。

 リオノーラの結婚後、一人の男が彼女の元を訪れる。彼はジョン・ハロウズの戦友で、ジョン亡き後、リオノーラが生まれる前にジョンの生家である屋敷を訪れていたという。彼はそこで起きたとある殺人事件について語りだすことに。

 物語としては、リオノーラの母親の時代について語られるパートが多くを占めている。そこで起きる殺人事件が何気に物語上跡を引き、最後の最後まで誰が真犯人であるのかが隠されている。そして、それら事件を追っていく中で、事件に影に隠れていたさまざまな真実が徐々に浮かび上がってくる。

 一族の謎というか、そこに生きる人々にまつわる隠れざる感情を描き上げた作品という感じであった。やや長めの物語だと思いつつも、こういう内容の小説であれば、このくらいのページ数をかけて描き上げるべき作品であろうと感じられた。読んでいる最中は、単純そうな物語と感じられたものの、後半へ行くに従い、様々な思いが交錯する物語であったと言うことを思い知らされた内容。その作風により、読む人によって好き嫌いはあるかもしれないが、こういったものが好きな人にはたまらない作品であろう。なんにせよ良質な小説であるということは間違いない。


闇に浮かぶ絵   6.5点

1989年 出版
1998年02月 文藝春秋 文春文庫(上下)

<内容>
 19世紀、ロンドン。準男爵家であるダヴェノール家にひとりの男が訪ねてくる。男は、自分は11年前に自殺したとされていたダヴェノール家の長男、ジェイムズ・ダヴェノールだと名乗りを上げる。それに対し、ダヴェノール家の面々は詐欺だと反目するものが大半でありながら、数人の者たちはジェイムズであると認め始める。そうしたなか、かつてのジェイムズの婚約者であったコンスタンスの現在の夫であるウィリアム・トレンチャードがこのいざこざに巻き込まれることに。妻が自分の元から離れていくのを怖れたウィリアムは、ジェイムズが偽物である証拠を手に入れようと奔走する。またナポレオンの甥であるブローン・ブローンや、ダヴェノール家の顧問弁護士であるリチャードらもこの事件に深く関わってゆくこととなる。やがて、ジェイムズの真偽を問うための裁判が開かれることとなり、真偽の行方は・・・・・・

<感想>
 結構昔に読んだ作品を再読。思っていたよりも分厚くて、読むのが大変だった。ゴダードの三作品目。重厚な内容の小説に仕立て上げられている。

 かつて家を出た後に自殺したと思われ、失踪届が出された後に死亡が確定された男が、生きて帰ってきて権利の主張をし始めたという話。基本的な骨子は、それだけである。ある意味、単にそれだけかと思いきや、そのへんは時代性もあってか、実際にその男が本物か偽物か、全く判断がつかないという状態。今の世であれば、なさそうな気もするのだが、100年、200年前であれば、そういったこともあったのかもしれない。特に外国へ出て、そこで彷徨って、となるとその痕跡を辿るのも並大抵のことではないだろう。顔立ちが似ているということと、10年の月日が過ぎたという条件が重なれば、こういったこともありうるのかもしれない。

 帰ってきた男に関する陰謀の痕跡を辿ったり、もしくは男の生前の様相が語られたり、今まで知られなかった真相が語られたりと、様々な形で過去が掘り返される話の流れは意外と面白い。本当に陰謀なのか、はたまた妄想なのか、色々な考えが混じりあいながら中盤へと達し、そこで一つの決着が付けられることとなる。

 この作品は、最初はダヴェノール家とは、ほとんど縁のないウィリアムという男が主で語られる物語なのかと思いきや、徐々に様相が変わって行く。最初はチョイ役のように思われた、顧問弁護士のリチャードとナポレオンの甥の二人が、全体的な主軸であったようにも思われる。その他の人も、色々な形でピックアップされ、物語をかき回すこととなる。

 中盤に一波乱あり、そして最終的には、登場していた人物の行く末は? そして隠された真相は? という具合に物語は展開されてゆくこととなる。話が長いこともあってか、やや退屈さを感じてしまうこともある。また、メインテーマが帰ってきた男は本物か偽物かを問うだけということもあり、やや惹かれ具合に乏しい気がした。それでも全体的には楽しめたように思えた。部分部分で話に惹きつけられるところもあったし、なんだかんだで最終的に登場人物らがどうなってしまうのかは、非常に気になるところであった。重厚で長めの作品ゆえに、余裕のあるときに、ゆっくり・じっくりと読めば、満足のいく読書になること間違いなしの作品であると思われる。


蒼穹のかなたへ   7.5点

1990年 出版
1997年08月 文藝春秋 文春文庫(上下)

<内容>
 ハリー・バーネットは、かつて商売をしていたもののパートナーに裏切られ、その後別の職業に付くものの汚職を押し付けられ、今では知人の好意によってロードス島のヴィラの管理を務める50代。そのヴィラに神経衰弱により保養のために訪れたヘザー・マレンダー。ある日、ハリーとヘザーは二人でロードス島の山に登ったものの、バーネットが目を離しているうちに、ヘザーが突如姿を消した。警察による捜索もむなしく、ヘザーは見つからず、ハリーがヘザーを殺害したのではないかと警察から疑われる始末。なんとか警察から解放されたハリーは、残されたヘザーが撮った写真を頼りに、ヘザーに何があったのか真相を探ろうと決意する。ハリーによるヘザーの捜索の果てに明らかになった真実とは!?

<感想>
 ロバート・ゴダードにとって4作品目であり、出世作といってもよい作品を再読。実は当時読んだかぎりでは、それほどたいした印象を持っていなかった。それが再読してみると、思っていたよりもずっと良い作品であったため、改めて驚かされてしまった。

 前回読んだ時に、何故印象が薄かったかというと、たぶん読むときのスタンスにあったのだと思われる。大雑把な内容がダメ男が発奮するというようなものであるためか、勝手に軽めの作品と思い込んで読んでしまったのだと思われる。ゆえに、きちんと内容を把握しきれていないまま読み進めてしまったのではないかと。本書は意外と重厚な内容の作品となっているので、未読のかたは腰を落ち着けてじっくりと読むことをお薦めしておきたい。

 本書は行方不明となった女性ヘザ・マレンダーを探すために50代の夢も希望も持たない男が重い腰を持ち上げて、たったひとりでの捜査に乗り出すというもの。その理由には、自分が警察や周囲の人々から犯行を疑われているということもあれば、知り合ったばかりのヘザーに対する友情であったりと色々とあるのだが、そのなかには今までの自分の人生を戒めるということも含まれているのかもしれない。そうしたなかから、残された写真のみを手掛かりとした捜査を始めてゆくこととなる。

 捜査を始めていくうちに、ヘザーがロードス島へと来るまでにどのようなことがあったのかを徐々に知ることとなる。ヘザーの姉はハリーがずっと世話になっているアラン・ダイサートの秘書であった。その姉がアランを狙ったテロ攻撃による身代わりとなり死亡するという事件が起き、ヘザーは神経衰弱となっていたのだった。その事故のことを調べていくうちに、アラン・ダイサートが若きときにその周辺で、謎の自殺事件や車の事故などが起きていたことを知ることとなる。

 ヘザーの行方を捜す捜査のはずが、いつのまにか友人であり恩人であるアラン・ダイサートの背景を探る旅へとなってゆく。その途上は、さまざまな登場人物が出てきており、整理しながら読んでいかないと内容がごちゃごちゃになってしまうほど。その登場人物たちをしっかりと把握しながら読んでいけば、最終的な真相まできっちりとハリー・バーネットと共にたどってゆくことができるであろう。そして、その最後の場面がなんといっても印象的。決して良い事だけの幕引きとはならないのだが、ハリーと共に長い旅を辿ってきたことに満足させられることであろう。


鉄の絆   6点

1992年 出版
1999年04月 東京創元社 創元推理文庫(上下)

<内容>
「あなたがどんな命令を受けているかはわかっています。だれに雇われたのかも」老婦人は、いままさに自分を殺そうとしている男にそう告げた。すべての計画を見抜き、死を覚悟したうえで待ち構えていたのだ。高名な詩人の姉であった彼女の身に何が起きたのか? 居直った夜盗の犯行とされたこの事件は、やがて、周到に張り巡らされていた策謀を浮かび上がらせることになるのだった。
 英国を代表する詩人トリストラム・アブリーこの類い稀なる才能は、スペイン内戦に義勇兵として身を投じ、戦火の中、若くしてこの世を去った。彼の死から半世紀。詩人の残した手紙を求める探索は、詩人の姉のしの真相をも明らかにした。だが、それですべてが終わったわけではなかった。五十年前の内戦下のスペインに端を発する因縁が彼らの運命を大きく変えようとしていたのだった。

<感想>
 祖母代わりの友人を殺され、失意に沈むシャーロット。そんな彼女の前に現れたのはシャーロットの殺害犯の容疑者として捕らえられた男の弟・デレク。彼は兄の無実を主張する。疑いの思いでデレクに対応するシャーロットであったが叔母自身が秘密にしていた点を追っていくうちに、裏に潜む事件に巻き込まれていくことに。

 と、現代に起こった事件から過去での出来事がすこしずつ明るみに出はじめていく、というところはいつもながらのゴダードらしさが出ている。この作品を読む前からゴダードの作品はだんだんとレベルが落ちてきているような話を聞くのだが、なかなかまだまだ捨てたものではない。物語の運び方といい、徐々に明かされゆく謎といい、物語の見せ方はなかなかのもの。

 ただ、本書は過去の事象よりも現実の流れのほうが比重としては大きくなっているというような、初期のいくつかの作品と比べれば徐々に異なる作風へと進んできているのは確かなように感じる。しかし、これからの作品のなかから初期の作品とは異なる形での大ヒット作がまた出てくるのではないかと予感させる。

 本書において不満であったのは、主人公らが希薄すぎるという点である。巻き込まれがたの主人公たちであるのだが男女二人もいらなかったような気もする。男女二人ということで効果が感じられる部分もあることはあるのだが、無理にラブロマンスにしなくてもよいと思うのだが。


閉じられた環

1993年 出版
1999年09月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 1931年、豪華客船<女王陛下号>に乗り込んだ詐欺師コンビ、ガイとマックスの目にとまった絶世の美女ダイアナ。父親は有名な投資家、まさに絶好のカモだった。恋する男を装って罠を仕掛けるマックス。だが大いなる誤算、ふたりは本当の恋に落ちてしまう。

詳 細

<感想>
 序盤では、二人の詐欺師によるどたばたコメディーか? と思いきやシリアスな方向へと突っ走っていく。しかし壮大な戦争にまつわる背景が唐突に出てくるため、ついていきづらくなっている。そして主人公の行動にも一貫性がなく筋がとおっていないので、後半にきてもなんとなく行動に違和感を感じてしまう。

 どうしてもゴダードの一連の作品の内容より、彼の作品には重厚さを期待してしまう。だからこの「閉じられた環」も通常のサスペンスとしてならそこそこでも、“ゴダードの作品”と考えると薄っぺらいサスペンス小説になってしまう。やはりゴダードの作品には風が吹いてもびくともしないよな重厚な作品を期待したい。


永遠に去りぬ

1995年 出版
2001年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ロビン・ティマリオットは兄が死んだことにより、今の仕事を辞めて同属会社の共同経営に参加するべきかどうか迷っていた。ロビンはよく考えてみようと会社を休み、山歩きの旅に出かけた。その途中、山で一人の美しい女性を見かけ、少しばかり言葉を交わしたという出会いがあった。後に新聞を見ると、山で出会った女性が殺害されたことを知る。しかも自分が彼女を見かけたその夜に・・・・・・。ロビンはその日の出来事を警察に通報するべきかどうか迷うのであるが・・・・・・

<感想>
 なんとも微妙なスタンスで描かれた作品である。主人公は直接事件に関係なく、一場面の目撃者でしかないのである。にもかかわらず、そのスタンスのまま事件のその後の出来事へと巻き込まれていくことになる。しかも、その微妙なスタンスのままずっと・・・・・・

 はっきり言えば、煮え切らないという風情の作品である。逆に言えば、よくその微妙なスタンスのままで、このような長大な物語を築き上げたなとも思える。しかし、結局のところ主人公がなんでその事件に関わり続けなければならないかという説得力が乏しく感じられてしまうのである。

 また、物語が連続的ではなく、断続的につながっているような書き方がなされているのも気になったところである。その合間を主人公が関わることになる同族会社の話を用いてうまくつないでいるようには見えるのだが、それよりもこちらの会社経営の話にスポットを当てたほうが面白かったのではないだろうか。

 というように物語を書くという力量は認めるところであるが、読者を惹きつける魅力そのものは乏しかったように感じられた。


日輪の果て

1996年 出版
1999年04月 文藝春秋 文春文庫(上下)

<内容>

詳 細


一瞬の光のなかで   7点

1998年 出版
2002年02月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 カメラマンのイアンは撮影のため、真冬のウィーンを訪れていた。そこでイアンは一人の女性・マリアンと運命的な出会いをする。唐突ながらも、二人は心から意気投合し合い、両者とも既婚ながらも将来を約束する。そして、二人は自分達の現在までの人生に片をつけるために、いったん別れることに。イアンは妻子に別れを告げて、再びマリアンと合おうとするのだが彼女からは一方的に別れを告げられ、会うことも出来ず、ただひとり取り残されることとなる。納得のできないイアンはマリアンの居所を探ろうとするのだが、名前ですら偽名であることがわかる。そして何故か、はるか昔にカメラの技術を開発しようとしていた女性の名前へとたどり着くことになり・・・・・・

<感想>
 ゴダードの作品で面白いと思われたのは、正直言って初期の5作品くらいであった。その後は面白くないとまでは言わないまでも平凡な作品が続いているというように感じていたのだが、そういった作品群の中で本書は群を抜いて面白い作品であるといえるだろう。なんか久々にゴダードの面白い作品を読んだという気がする。4年以上の積読になっていたのだが、このような作品が埋もれていたとは・・・・・・

 本書の始まりは、相変わらずゴダードの作品らしく、駄目男っぷりの際立つ男性が出てきており、妻子を捨てたのにもかかわらず、あっさりと女性から捨てられるカメラマンの様子が描かれている。それから主人公のイアンは、その謎ともいえる女性を探し出すことになるのだが、この謎の女性の人生がまた際立っているといえよう。

 ここから話は超自然的なものが混じり入ることとなり、過去にカメラの原理を発明しようとした女性の記憶と、マリアンと名乗っていた女性の記憶が混濁して話が進められていく。段々と途方もない話になっていき、混乱しながらもイアンはマリアンの行方を追っていくのだが、そこからさらに途方もない出来事が彼を待ち受けていることになる。

 いや、これ以上話してしまうとネタバレになってしまうのでやめておくが、とにかくすごい展開が待ち受けているとだけ言っておきたい。やや、偏執狂気味ともとれなくはないのだが、考えに考えつくされた周到な話となっている事は読んでいただければ理解できること間違いない。いやはや、ここまで凝った内容であったとは・・・・・・

 歴史的な部分(史実なのか虚構なのかは判断がつかないが)やサスペンス的な部分、さらに恋愛的な物語と、さまざまな要素を持ち、それらがうまくひとまとめにされた作品。これは展開だけとってみてもなかなか目を見張るものがあり、充分楽しませてくれる内容であるといえるだろう。ゴダードの作品の中で本書を読み逃しているひとは是非とも手にとってもらいたい一冊。


石に刻まれた時間   6点

1999年 出版
2003年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 アントニーは妻のマリーナのたっての希望でロンドンの街を離れ、田園広がるコンウォールの地へと引っ越した。そこでの暮らしにも徐々に慣れてきた矢先、突然マリーナが転落事故にて死んでしまう。失意に暮れるアントニーにプライア夫妻が同情の手を投げかける。夫のマシューはアントニーの旧友であり、妻のルシンダはマリーナの妹であった。二人の好意にあまえ、アントニーはプライア夫妻が住む屋敷でしばらく過ごすことにする。しかし、その屋敷というのが過去に忌まわしい事件があったという曰く付きの建物であり、そこで過ごすうちにアントニーは奇妙な幻影をたびたび見ることになる。アントニーはその幻影を振り払おうとすべく、取り憑かれたかのように過去の事件を掘り起こそうとし、徐々に深みにはまっていくことに・・・・・・

<感想>
 本書もゴダードならではの手法により、過去の事件を掘り起こしながら現実の出来事に立ち向かっていくというもの。ただし、その点において本書で強く感じたのは、その過去の事件というのがあまり魅力的に感じられなかったということである。さらにいえば、その事件を調べる必然性というものが感じられないのである。現実における不可解な出来事というものがあるのだが、それが過去の事件を調べることによって解決されるという類のものではなかったように思える。逆に過去の事件をわざわざ掘り返したことによって、とんでもない厄介ごとにはまっていってしまうのである。

 ただし、これは逆に考えるべき事柄なのかもしれない。現実における不可解な現象とは“家が持つ魔力”というものであるのだが、その魔力によって登場人物たちの思考が操られ、過去の事件を掘り起こし災厄に見舞われたというようにとらえるべきなのであろう。いろいろと考えてみると全体的にはっきりとした見解というものが示されてないようであるのだが、そのフィルターがかかっていてぼやけたような物語の印象こそがこの本を特徴付けるものであるのかもしれない。

 また、過去の事件においても最初はごく普通の事件のようで強い印象は感じられないのだが、それが徐々に原爆にからむ話やスパイ戦のような要素が加わることによって面白みを増してくる。そしてラストには二転三転と場をひっくり返すかのような展開に息をのまされる。

 全体的に見てみると、ゴダードの作品の中では中くらいのできといったところか。


今ふたたびの海   5点

2000年 出版
2002年09月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 18世紀初頭、ロンドンでは投資事業に関わる大きな汚職問題が浮き彫りになる。政府筋のものや財政界の者たちが責任を追及されたり、逃亡したりする中で、この事件の鍵を握るといわれる全ての金の出し入れが書かれた“グリーンブック”の存在が噂される。
 地図職人であり、現在借金によって身動きがとれなくなったスパンドレルは下院議員からオランダへの密使の仕事を任命される。その仕事を達成すれば借金が帳消しになるということよりスパンドレルは単身オランダへと旅をする事に。下院議員から渡された謎の荷物を手にして・・・・・・

<感想>
 これは、はっきり言って面白いとは思えなかった作品。本書は史実である“南海会社”の汚職事件にからめて物語を構成し、フィクションとノンフィクションをからめ合わせた内容となっている。そういう内容が描かれている中で、作品全体がどちらを主題にしているのかがわかりにくかった。前半は史実のほうを重視したような内容かと思われ、そう思いきや後半は物語を重視したような内容となっている。このへんは、きっちりと方向性を示してもらいたかったと感じるところ。

 また、物語に比重をおいたとしても作品の主人公であるスパンドレルという地図職人の設定がよくなかったと感じられた。この人物が自分自身の考えというのをもたず、ただあちらこちらへ流されているだけなのである。ようするに、この主人公自体が何も物語を構成していないということが問題だと思われた。

 実際、史実の中でこの作品で書かれていることに近いことが行われていたとしても、それはスパンドレルがただひとりで行うようなことではなく、複数の人物によってなされるようなことであったと思われる。それをスパンドレルただひとりに何でもかんでも経験させてしまっているから話が取り留めのないように感じられたのではないかと思われる。

 どちらかといえば、作中で劇的な行動を取り続けていたマクルレイス大尉を主人公にしたほうが作品として面白かったのではないかと私自身は思っている。

 まぁ、作品としてはヨーロッパにおける“南海会社”の事件を元としたものなので、その年代に詳しい人や、その年代のことを勉強したいという人には面白く読めるのではないだろうか。ようするに、読む人を選ぶという作品であったように思われる。


秘められた伝言   5点

2001年 出版
2003年09月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 ランス・ブラッドリーは旧友ループ・オールダーの姉からループの行方を捜してもらいたいと頼まれる。もうループと2ヶ月以上連絡がとれないのだというのだ。現在失業中であったランスはしぶしぶながら頼みを引き受け、ループの行方を捜すことにする。その捜索を続けていくうちにランスはループが大きな事件の渦中に巻き込まれていることを徐々に知らされていくことに・・・・・・
 大列車強盗事件から連続殺人事件、そして次々とランスの前で繰り広げられる殺人事件。舞台をイギリスからドイツ、日本、アメリカへと世界を駆け巡る壮絶なサスペンス・ミステリー。

<感想>
 最近のゴダードの評判については、本を出すたびにあれやこれやといわれている。私の思うところにはゴダードのイメージというのは初期のミステリーに見られる重厚な過去の謎を巡るミステリー(ゴシック・ミステリーなどという表現もあるようだが、定義についてはいまいちよくわからない)という印象が強いのではないだろうか。かくいう私もいまだにゴダードの「千尋の闇」の呪縛から逃れられないでいる。そうした背景によって、本書のようなサスペンス・ミステリーを書き上げても、その雰囲気だけで“違う”といわれてしまう可能性が大きいのではないだろうか。ゴダードというのはある意味不遇の作家といえるのかもしれない。

 それで本書の内容はどうであるかというと、正直いって普通のサスペンス・ミステリーであるという印象でしかない。これは読んだ人によってとらえ方が異なると思うのだが、本書では1963年にアメリカやイギリスで起きた大きな事件を背景に物語が描かれている。この背景を詳しく知っているか知らないかで人によってとらえ方が大きく変わるのではないだろうか。私自身は物語の核となる“列車強盗事件”でさえ知らなかったゆえに、あまり物語りにのめりこむことができなかった。

 また、本書の興味深い点の一つに現代の日本が舞台になっている章があるということ。そのなかで日本は特に奇異的な描写もなく、普通に世界の一舞台として描かれていた。これを読んだときには、いままでは海外から見た日本と言うのは奇妙な島国的なとらえ方をされているのではと感じていたのだが、そんなこともなく普通に世界の一部としてとけあっているという印象を受けた。ひょっとするとこれからはこうした普通に日本を舞台として取り扱った海外の作品なども増えてくるかもしれない。そうしたこともまた一つの海外ミステリーを読む楽しみとなるであろう。


悠久の窓   6点

2000年 出版
2005年03月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 ニコラス・パレオロゴスは姉から呼びだされ、久方ぶりに故郷へと足を向けることに。なんでも彼等が住んでいた家(今では老いた父がひとりで住んでいる)に考古学上貴重な価値のあるステンドグラスの窓が隠されているの可能性があるというのである。その話を持ちかけてきた資産家が良い条件を提示し、土地と家を買いたいと持ちかけてきたというのだ。そこで、金に困っている5人の兄弟姉妹で集まって、父親を説得しようというのである。しかし、その出来事が思いもよらない事件を次々と巻き起こす事となり・・・・・・

<感想>
 ここ何年かのゴダード作品と比べれば、かなり面白く読むことができた。序盤はもたついていた感があるが、上巻の中盤以降からは息をつかせぬと言わんばかりに事件が起こってゆく。従来のゴダードの重厚な作品というものからは外れているような気もするが、通俗のサスペンス小説として大いに楽しむことができた。

 主人公らが年をとりすぎているとか、ラストではあいまいなままで終わってしまった部分があったりとか、注文を付けたくなる部分は色々とあるのだが、全体的にはそれなりに良くできている作品であると思う。近年のゴダード作品に不満を持っているという人もこれは読んでも損した気分にはさせられないだろう。

 軽めの歴史ミステリーとサスペンス小説を組み合わせた作品。一気に読み干す事ができる佳作である。


最後の喝采   5点

2004年 出版
2006年01月 講談社 講談社文庫

<内容>
 トビー・フラッドはベテランの舞台俳優であり、これから彼を主演とした舞台の巡業が始まろうとしているところであった。そんな時にトビーは離婚調停中の妻から連絡を受ける。なんでも彼女が経営している店に不審な男が毎日のようにやってきて、張り込んでいるというのだ。妻と別れたくないと考えているトビーは舞台の公演前にその男に合いに行くことにするのだが・・・・・・。やがてその謎の男によってもたらされる陰謀にトビーは巻き込まれていく事に!!

<感想>
 最近のゴダードの本を読んで感じるのは“共感できない”ということ。今回も主人公がとある陰謀に巻き込まれてゆく事になるのだが、その陰謀というのが主人公にはまったく関係のない事柄なのである。それに何ゆえ主人公が大事な舞台公演を退けてまでのめりこんでいくのかという事に、全く説得力がない。一応、その根底には離婚しかけている妻の気をひきたいという事柄がある。しかし、妻の現在の恋人の荒を見つけることと、自身の離婚についての問題とはまた別のものであろうという気がしてならない。そういうわけで最後の最後まで物語にのめり込むことができず、淡々と読み通したという感じであった。

 物語の中で語られるとある陰謀(というほどのものでもない)についても、だんだんと首謀者たるものが追い詰められていくように書かれているのだが、その男の立場からいえばどうにでも対処できるのではないかと感じられた。何を慌てふためいて、自ら墓穴を掘るような真似をしなければならないのかというところも、これまた共感できなかったところである。

 といった具合にゴダードの作品というよりは安物のサスペンス小説を読まされた気分。といいつつも最近のゴダードの作品って、これくらいのレベルのものが多いのだが。


眩惑されて   6点

2005年 出版
2007年03月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 ツアー・ガイドをしているデーヴィッド・アンバーのもとに元警察官のジョージ・シャープが訪ねてきた。彼ら二人は知り合いであり、実はアンバーは20年以上前に起きた重大事件の目撃者であったのだ。その事件はひとりの少女が誘拐され、ひとりの少女がひき逃げにあったというもの。その後、誘拐された少女の行方は未だわからずにいる。一応事件は容疑者が逮捕され、自白をし、解決されたかと思われていたが、未だわからない部分が多々存在するのである。
 そんなとき、引退したシャープのもとに一通の手紙が届けられた。それによると、事件の真相は別にあると・・・・・・。そのことを告げられたアンバーは、同じ事件の現場にいて、その後アンバーと結婚した妻の死にも疑問を持ち始め・・・・・・

<感想>
 思っていたよりもそれなりに楽しめたというか、最近になってようやく面白かったときのゴダードの記憶が薄れ、あまり面白くないゴダードの時代が自分の中でスタンダードになりつつあるような気がする。そんなわけで、今回の作品も通俗のサスペンス小説としてはそれなりに楽しめる出来になっていたと思えた。

 今回の作品もゴダードらしい内容となっており、過去に起こった事件の真相を掘り起こすというもの。その事件がまたショッキングであり、未解決の子供の誘拐事件というもの。主人公は当時事件を捜査していた、引退した警察官と共に過去の事件の真相を掘り起こしていくことになる。

 全て読んでみた後の感想としては、全体的にはうまくできているものの、細部の設定がうまくいっていないと感じられるところもあり、そのためか普通のサスペンス小説から抜け出たものとは決して感じられなかった。

 特に、物語の大きな柱となる“誘拐”についてと“ジュニアスという謎の人物”についての結びつきがあまりにも弱すぎると思われる。さらには主人公の敵ともいえる謎の組織についても、未消化のまま終わってしまったのは残念な気がしてならない。

 それぞれの要素はうまくできていると思われるので、それらをどのように結びつけるかということがうまくできれば、それひとつで通俗の小説から抜け出たものが完成されるだろうと感じられる。

 ということで、ゴダードの小説は読み続けていれば、いつかは名作に巡り合えるという予感はするので、もう少し付き合い続けてみたいと思っている。


還らざる日々   6点

2008年 出版?
2008年07月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 結婚し、娘もでき、カナダで幸せに暮らしていたハリー・バーネットであったが、母親が亡くなったため、その手続きのためにひとり帰郷していた。すると偶然にも空軍時代の知人に出くわし、同窓会に誘われることに。ハリーは50年前、空軍に在籍していた際にちょっとした問題を起こし、構成プログラムと称する3ヶ月の特殊任務を行っていたのである。そのときスコットランドの城に集められた15人のメンバーで同窓会を行おうというのである。その集まりに参加する事になったハリーであったが、参加者を襲う事件が次々と起こり、ハリー自身も窮地に立たされることに・・・・・・

<感想>
 一言でいえば、おしい作品。上巻ではかつてのメンバーが城に集められ、ひとりまたひとりと徐々に脱落して行くという展開がなされている。特に“閉ざされた場所”に集められたというわけではないのだが、どこか“そして誰もいなくなった”を思わせるような雰囲気であり、これはゴダードらしからぬ新機軸の作品では! と感じられたのだが、下巻に入ってしまうと近年のゴダードらしい作品に収束してゆくこととなる。

 上巻のノリで後半まで一気に突っ切ってくれればよかったのだが、後半は通俗のミステリ作品という感じでしかなかった。物語の前半から異様な雰囲気をかもしだしていた50年前のプロジェクトに関しても、あっさり目なご都合主義のみでまとめられてしまうので、やや虚脱感を感じざるをえない。

 序盤が特によい雰囲気がでていたので、後半はもっと物語を膨らませるか、もう少しアイディアを練りこんでくれれば間違いなく良い作品になったであろう。そういう意味でここ最近のゴダードの作品としては、もっともおしい作品と言えるかもしれない。


遠き面影   5点

2007年 出版
2009年10月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 造園業者のティム・ハーディングは事業の出資者であるバーニーに頼まれて、彼の代わりに開催されるオークションへと出向き、そこで指輪を落札することとなった。なんでもその指輪はバーニーの家系においていわくつきの品らしいのである。ティムがその地へ赴くと、そこでヘイリーという美女と出会う。ティムは彼女をどこかで見た気がした。気になって調べてみると、以前女性記者がダイビング中に死亡した件にバーニーが関わっているということと、その事件が現在も後をひいているということを知ることに。そうしているうちに、次々と事件が起き、指輪をめぐる過去の歴史が明らかとなりつつ・・・・・・

<感想>
 近年、普通に書かれている悪い意味でのゴダードらしい作品かと。あとがきを読んで気づかされたのが、歴史上の出来事をモチーフとして、その謎にせまる内容になっているとのこと。しかし、日本では一般的といえるようなものではないので、読んでいても全くピンとこない。こうした歴史上の出来事を踏まえたうえであれば、面白く読めるのかもしれないが、そうでなければ読むべきところがあまりないという気がする。

 なんといっても残念なのは主人公を含め、登場人物に魅力が感じられないところ。本書の主人公は起こる事件にもともと何の関わりもない人物であり、事件を追っていく必然性が感じられない。一応、ヘイリーという女性をどこかで見たことがあるというのがきっかけになっているのだが、物語上さほど重要というようには感じられなかった。

 というわけで、悪い作品ではないのかもしれないが、日本の読者向けではない背景の本といったところか。しかし、どうでもよい話だが日本で比較的順調に出版されているゴダード作品だが、今でも人気があるのだろうか? また、本国での人気はいかなるものなのだろうか??


封印された系譜   5点

2008年 出版
2011年04月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 外務省に勤めるリチャード・ユーズデンは出勤時の朝、別れた妻に呼び止められる。彼女の再婚相手であり、かつてのリチャードの親友であったマーティー・ヒューイットソンが病で死にかけているというのだ。マーティーが現在いるところまでアタッシュケースを運んでもらいたいとリチャードは頼まれる。不穏なものを感じつつも、退屈な日々から逃れたいと思いつつあったリチャードは仕事を休み、アタッシュケースを届けることに。しかし、待ち合わせ場所にマーティーは現れず、拉致した彼の居場所を知りたければアタッシュケースをよこせと脅迫されることとなり・・・・・・

<感想>
 なんと今作は、あの有名なロシアの皇女アナスタシアに関わる内容が描かれた作品となっている・・・・・・のだが、全体的に詰め込み過ぎかなと。

 サスペンス調の内容で、ヨーロッパのあちこちを歩き回る旅情ミステリでもあり、さらにはアナスタシアの謎にせまりつつも、実はメインはそちらではなく物語に登場する悪役の生い立ちにせまるというような展開をしつつ、友情の物語のようでもあり、かつちょっとしたラブロマンスもあるという作品。

 こうした内容が見事に融合していれば名作となるのだろうが、本書はなんとなく空回りしているという印象。結局メインとして何を語りたかったのがよく分からなかった。皇女アナスタシアの伝説にせまるのであれば、それだけでも結構なネタになると思われるのだが、このゴダードという作家は作品を書けば書くほど重厚さがなくなり、軽い作風になりつつあるような感じがする。スピードを基調とするサスペンスであるならば、そんなに内容を詰め込まなくてもよいと思われるのだが。


隠し絵の囚人   6点

2010年 出版
2011年 MWA賞オリジナル・ペーパーバック部門最優秀賞受賞
2013年03月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 1976年春、仕事を失ったスティーヴン・スワンであったが、一端実家に戻り、再び石油業界の仕事につくことを考えていた。そんな折、母親から電話で驚くべき事実が告げられる。死んだと聞かされていた叔父のエルドリッチ・スワンが実は生きていて、36年間収監されていたのち、釈放されたというのだ。行くところのない叔父はしばらくのあいだ、母親が経営しているゲストハウスに滞在させてもらいたいというのである。そうして、スティーヴンは叔父と会うこととなるのだが、エルドリッチは何故収監されていたのかを決して語ろうとしなかった。そんな叔父のもとに一つの電話がもたらされる。彼に、とある実業家が所蔵しているピカソが盗品であることを証明してもらいたいというのである。いったいどういうことなのか? エルドリッチは、スティーヴンに36年前に起きた出来事を話し始める。

<感想>
 ゴダードの作品がMWA賞を受賞したということで話題になった作品。しばらくの間、地道に作品を書き続けていたという印象のあるゴダードであったので、今回賞を受賞した作品がどのように仕上げられているのかと期待しながら読んでみた。しかし、読んだ感想としては、最近のゴダード作品となんら変わりはないなということ。むしろ、近年の作品で、もっと良い作品があったとさえ思えてしまう。

 ただ、読んだ印象としては、読みやすく、うまくまとめられているということ。また、絵画に関する言及は少ないものの、ピカソの絵というのを扱ったのもポイントなのかもしれない。また、これは日本人にとってはわかりにくいことなのだが、未だ残る戦争による影響やアイルランドをめぐる政治的な部分を描いたということも、大きな支持を得た一端なのかもしれない。

 内容は、たまたま仕事を失い暇になった青年と36年間収監されていた知られざる叔父との邂逅を描いたもの。成長物語というには主人公は既に十分なくらい大人なのであるが、最初は受け身だったスティーヴンが徐々に自ら行動していくようになるところは目を惹かれてしまう。現代の行動と、36年前のエルドリッチの行動が並行して語られていく物語であるが、驚愕の内容というよりは、淡々と人生が語られていくという感じ。そうして、劇的なクライマックスへと突入していく。

 面白くはあるが、いささか小ぶりという感じがしなくもない。それでもいつもながら変わらずのゴダードの小説であることは間違いないので、楽しめる作品と言えよう。まだゴダードの作品を読んだことのない人にとっては、格好の入門書となるかもしれない。


血の裁き   6.5点

2011年 出版
2014年06月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 外科医のエドワード・ハモンドは旅行へ行こうとした矢先、ひとりの女性から話しかけられる。彼女は、以前ハモンドが治療をしたセルビア民兵組織のリーダー、ドラガン・ガジの娘イングリッド。彼女は自分の代わりに組織の元会計係に会って、お金を彼女らの元に送金してもらいたいというメッセージを伝えてくれという。そうしなければ、ガジの治療の謝礼に、ハモンドの妻を殺害したことを公表するという。ハモンドはそんな謝礼に心当たりがなかったが、そんなことを公表されれば大変なことになると考え、イングリッドの依頼を受けることに。そうして、元会計係に会おうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 ひとりの医師が大金に目がくらみ、残忍な行為で知られる民兵組織のリーダーの治療に関わったことから、厄介ごとに巻き込まれるという顛末を描いた作品。ゴダードお得意の巻き込まれ形のサスペンス・ミステリであるが、これがなかなか楽しめる。むしろ、ゴダードらしくないような作品であり、ジェフリー・ディーヴァーの作品のような、どんでん返しアリのサスペンスを堪能できる内容。

 個人的には、もっと主人公の人間性をより悪いほうへと描いたほうが新鮮味があったと思えるのだが。ゴダード描く主人公はなんとなく気の弱そうな善人という設定が多い。本書の主人公も、ある意味自分でまいた種により厄介ごとに巻き込まれるのだが、それでもどこか善人性を残した設定と内容という感じ。もう少し、灰色な感じの主人公にしたほうが、この作品には合っていたような気がする。

 主人公が人から頼まれ(というか脅迫され)、その依頼を引き受けることとなる。ただ、その依頼がうまくいかずに、結局次の依頼を受ける羽目になるという繰り返し。前半は、予定調和のようでさほど面白いとも思えなかったのだが、後半になり意外性のある展開が続き、一気に物語に惹きこまれてゆくこととなる。次々と主人公の前に現れる人物が敵なのか、味方なのか。そうした判断をする間もなく、ドクター・ハモンドは陰謀劇の本流に流されていくこととなる。

 そうして、どんな結末を迎えるかと思えば、これまた思いもよらぬ展開が待ち受け、最後の最後まで予断を許さない。この辺の内容に関しては、途中から登場してくるとある人物が深く関わってくることとなるため、ここでは書きにくい。最近のゴダードはあまり面白くないと感じる人も、ゴダード作品とは思わずに、ハイレベルのノンストップ・サスペンス小説と思って堪能してもらいたい作品。今年の思いもyらぬ収穫の一冊といってよいであろう。


欺きの家   6点

2012年 出版
2015年07月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 インターコンチネンタル・カオリン社の古参社員ジョナサン・ケラウェイは退職を迎えようとしていた。その日を迎えようとした矢先、会社社長から社史編纂のための記録探しを命じられる。過去の記録の一部が消失しているというのである。ジョナサンは、学生時代に現在の会社の前身であった会社でバイトしており、それからずっとこの会社と社長に関わることとなっていったので、こういった調査にはもってこいの人物。ただ、ジョナサンは昔から会社に関わっているゆえに、闇に埋もれたさまざまな事件についても熟知していた。彼は4一人の少年の死に関わる40年前の事件を思い起こし・・・・・・

<感想>
 壮大な話のようで、実はそれほどでもないような。巻頭に家系図がついているものの、別にそれほど年代をさかのぼるというほどのものでもない。とはいえ、物語として、きちんとできていて、それなりに読める小説であることは確か。

 主人公はジョナサン・ケラウェイという大会社の古参社員で60歳。定年直前に、会社の過去の資料が紛失したので見つけてもらいたいと社長直々の依頼を受ける。実はこのジョナサン、学生時代に今の前身であった会社でアルバイトをしており、そのころから社長とは知り合いなのである。そして、会社と社長の家族に関わる重大な事件に直面してきたという過去を持つ。その過去をさかのぼりつつ、現在の資料探しを行っていくという物語。

 過去の物語の流れとしては、後に大会社の社長となるグレヴィル・ラシュリーの義理の息子オリヴァー少年とジョナサンの出会いが発端となる。オリヴァーは自殺した実の父親の事件の真相を求めており、ジョナサンに協力を求める。この出会いと、オリヴァーの姉ヴィヴィアンに惹かれたことにより、ジョナサンは徐々に会社の発展とグレヴィル・ラシュリー近辺の事件に巻き込まれる。その後、時が経ちグレヴィルの元で働き始めた後、グレヴィルの妻が誘拐され、ジョナサンは現金の受け渡しに協力をすることとなる。こうした事件を経ながらも会社は着々と業績を伸ばし、業界No.1の地位を築いてゆく。

 そうして、60歳となったジョナサンの現在ということになるのだが、やがて過去の事件の全ての真相を知ることとなる。ただし、真相と言っても決して予想外のものではなく、むしろその時、その時に既に答えが出ていたといっても過言ではないもの。それらを抱えつつも会社に仕え続けていたジョナサンに、最後の最後で意外な報酬が突き付けられることとなる。

 面白く読める物語であったのだが、意外と普通のところに落ち着いてしまったのかなと。やはり意外性がなかったのが一番の問題点であったのかもしれない。さらには、途中の事件からその後の60歳になるまでの空白の時ももったいないとも感じられる。むしろ、40歳くらいの時点で、この記録簿探しを行っても良かったのではなかろうか。もう少し、事件やエピソードを組み込んでもらいたかったところ。


謀略の都  1919年三部作@   6点

2013年 出版
2017年01月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 1919年春、元陸軍パイロットのジェイムズ・マクステッドは外交官である父親の死を告げられる。マックス(マクステッド)は、戦後に父から土地を借り受け、友人のサム・トゥエンティマンと共に航空学校を経営することを考えていた。しかし、父が死んだ後、あとを継ぐこととなる兄とは折り合いが悪く、航空学校の計画は暗雲が立ち込めることに。そして父の死の詳細を知るためにパリへと向かうのだが、事故死とされた父の死に殺人の疑いが浮上する。戦後の講和条約締結のために来ている代表団らは、あくまでも事故として納めたがるなか、マックスは単独で事件について調査し始める。父親が秘密裏に進めていた計画とはいったい!?

<感想>
 なんと本書は呂バード・ゴダード描く三部作という大作の1巻目。毎年新作が邦訳されているゴダードであるが、昨年は刊行されなかったなと思っていたら、なんとこの大作の翻訳が準備されていたのかと納得。1月に1巻、3月に2巻、そして5月に3巻とほぼ連続して出版されることとなっている。

 そして本書がその最初の作品であるが、こちらは“1919年三部作”シリーズということで、第一次世界大戦後のヨーロッパを描いた内容。そこで元陸軍パイロットが外交官であった父親の死の謎に迫るというもの。

 年代的にはあまり馴染みのない時期というか、空白のひとときのような感じがして、ある意味とりあげるには新鮮な年代と言えるかもしれない。どうやら史実も含まれているようであるが、その辺の歴史的な部分についてはよくわからない。ただ、この作品、あまりそういった歴史的な部分に踏み込んだ様子はこの巻を読んだ限りでは感じられなかった。せっかく1919年と銘打ったのに、史実に踏み込まないのはもったいないような気がするがそのへんは今後の展開で取り上げられるのだろうか?

 全体的にゴダードの作品ゆえに、それなりに読める仕上がりとはなっているのだが、あまり内容に引き込まれなかった。というのは、その場その場で調査を繰り返すというような感じで、ゴールというか、どういう方向へ向かっているのかが全く分からない展開なので、何を期待して読んでいけばよいのかがわからないという状況。もう少し、目的のようなものをしっかりと見定めることができれば、もっと取っ付きやすかったのではないだろうか。

 と言いつつも、大作ゆえに第1巻でしっかりと魅力的な登場人物を紹介し、これからそれらの人々に活躍させようという意気込みは伝わってくる。主人公である命知らずの行動家・マックスのみならず、その主人公の忠実な友である整備士のサム、いつの間にかマックス寄りに行動するようになるイギリスの秘密検察局員、マックスの行動に難色を示す家族たち、癖のある各国代表団と日本代表団の黒田、そして謎の女活動家等々・・・・・・

 この作品のラストでは、まるでこの巻がこれら三部作のプロローグに過ぎないというような終わり方をしていた。ゆえに本当の物語はこれからであり、ここから具体的な活動が示されることとなるというような期待を持たせるものとなっている。2巻ではどのように話が展開されるのか、これは期待をもって読んでいきたいと考えている。


灰色の密命  1919年三部作A   6.5点

2014年 出版
2017年03月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 ジェイムズ・マクステッドが父親の死の真相を調べていくと、ドイツのスパイ網の中心であるレンマーという男の存在が浮き彫りとなる。ジェイムズは、そのレンマーを打倒すべく、あえて彼に近づき、彼の手下となることを選ぶ。そんなジェイムズがレンマーから命じられたのは、ドイツ軍艦からの極秘ファイルの奪還であった。
 一方、ジェイムズと別れた彼の友人であるサム・トゥエンティマンは日本の外交官である黒田から、今度新しく来る日本の外交官がル・サンジュという者の行方を突き止めるため、サムの事を狙っていると告げられることに。また、ジェイムズの故郷では、ジェイムズの母親であるレディ・ウィニフレッドの依頼により、叔父のジョージがパリへと出向くこととなり・・・・・・

<感想>
 1919年三部作の第2弾。前作でさまざまな登場人物が出そろい、今作ではそれら多数の人達が、それぞれ別々の行動を始めてゆくことに。物語は群像小説っぽいような様相となってきているが、それぞれの登場人物に個性があり、結構読みやすい。また、物語全体的に動きが多いためか、上下巻でそこそこのページ数であるにもかかわらず、スピーディーに読み進めることができた。

 たぶん、三部作全体をとおせば、それなりに濃い内容であると思われるのだが、今作は意外と内容が薄かったのではないかと。大雑把に言えば、ジェイムズのパートと、サムのパートの二つに別れるのだが、何気にサムのパートのほうが物語の核心をついていたような。ジェイムズのパートについては、むしろそんなファイルを盗み出す必要があるの? とさえ思えてならなかったのだが、今後その行動が効いてくるの可能性は十分にある。

 今回は主人公よりもわき役たちのほうが生き生きしていたように感じられた。サムは当然ながらも、チョイ役でしかないと思われたモラハンが存在感を増し、どうでもよさそうな人物と思われた母:レディ・ウィニフレッドや叔父:ジョージ・クリソルドもしっかりと事件に関わってきていた。

 この2巻のラストでは、否が応でも3巻を読まずにはいられなくなるような展開で読者の興味をひくものとなっている。ということで既に出ている最終巻には早いうちに手を付けたいと考えている。最後に主人公たちを待ち受けているものは何か? そして次の舞台はひょっとして日本? というさまざまな期待を抱きつつ、最終巻へ!


宿命の地  1919年三部作B   6.5点

2015年 出版
2017年05月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 ジェイムズ・マクステッドは亡き父の意志を継ぎ、日本に監禁されているジャック・ファーンゴールドを救うべく、モラハンに援助を求める。モラハンは、計画を行うための要員を雇い、マロリーやサムと共に日本に渡る。そしてモラハンらは、計画を実行すべくマックスの到着を待っていたのだが、彼らの元にマックスが死亡したという知らせが届き・・・・・・

<感想>
 この巻をもって、とうとう三部作もフィナーレを迎えた。重厚なミステリ・・・・・・というような感じではなかったものの、冒険小説としては、かなり楽しめたのではないかと。この最終巻においても、中盤くらいで最終的な目的は達したのかと思いきや、最後にもう一山見せ場を残し、最後の最後まで手に汗握る展開が続けられていた。

 いままでゴダードの作品では、やや情けない普通の人物が主人公というようなものが多かったように思える。それがこの作品では行動力があり、人望があり、さらには運がよくという、いかにも物語の主人公らしき人物設定となっている。そして、著者がこの主人公を気に入ったのか、どうやら続編が用意されているよう。今後もまだまだジェイムズ・マクステッドの冒険は続くのか? ひょっとして第二次世界大戦まで引きずってゆく??

 日本を舞台に、裏切りからの逆転劇、さらには隠されていたもうひとつの真実を巡って、ジェイムズがさらなる行動へ駆り出される。また、ジェイムズが敵であるレンマーに対して仕掛ける、とある誘拐劇については、これも印象的な終わり方をしている。そういった流れで、最終的に物語の幕引きをきっちりとしてくれればよかったのだが、最後の最後でもやもやしたものが残る展開になっている。せっかくの三部作ゆえに、たとえ続編が出るとしても、これはこれできっちりと終わらせてもらいたかったものだが・・・・・・




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