泡坂妻夫  作品別 内容・感想

11枚のとらんぷ   7点

1976年10月 幻影城 幻影城ノベルス
1979年08月 角川書店 角川文庫
1988年11月 双葉社 双葉文庫
1993年05月 東京創元社 創元推理文庫
2014年05月 角川書店 角川文庫

<内容>
 素人があつまる奇術愛好家の倶楽部、“マジキクラブ”の面々が公民館の設立記念として奇術の出し物を行うこととなった。その出し物は素人の集まりらしく、失敗在り、成功在りとなったものの、概ね盛況を収めた。その出し物が終わったのち、驚くべき知らせがもたらされる。一緒に舞台に立っていたはずのひとりの女性が自宅で殺害されていたというのである。フィナーレの舞台集合時には確かにいなかった彼女であるが、何故舞台を離れ殺害されることとなったのか? しかも彼女の周囲には、奇妙なものがちりばめられていたという。その奇妙なものについて聞いた時、それは倶楽部のひとりが自費出版として書いた奇術小説「11枚のとらんぷ」に出てくるトリックとして用いられていた品々であるということに気づく。いったい何ゆえに、犯人はそのような装飾を施したのか・・・・・・

<感想>
 泡坂氏のデビュー作。私は創元推理文庫版を持っていて、それにて再読。奇術とミステリが融合された、珍しい形式のミステリと言えよう。

 第1部は、奇術愛好家倶楽部による公民館での出し物が披露されてゆく場面。そして、公演中に殺人事件が起きていたことが明らかになる。第2部は、作中作「11枚のとらんぷ」。これは短編形式となっており、短めの11話の作品が描かれており、ミステリというよりは、奇術のタネがどのようなものであったのかを見破るという内容。そして第3部の世界奇術会議が行われている中で、真相が明かされることとなる。

 読んでいる最中は、事件がなかなか起こらないまま、単に素人奇術のドタバタ劇が描かれているのみで、ちょっと退屈と感じられた。とはいえ、殺人事件が起きてからは見所満載の内容と感じられるようになっていった。特に作中作の「11枚のとらんぷ」は、これ単独でも楽しめるような内容。そして驚くべきなのは、公民館で奇術が行われている場面が事件のアリバイ等に関わる重要なものだとはわかっているものの、「11枚のとらんぷ」の中にも、犯人特定の重要な手掛かりが明記されているという趣向。

 読み始めは単なるドタバタ劇のようなコメディタッチのミステリのように思えたものの、読み終えてみると論理的な本格ミステリが展開されていたことに感嘆させられてしまった。作品全体で、しっかりと謎と論理を繰り広げるという、まさしく大魔術的な内容の作品であったと感心しきり。


乱れからくり   7点

1977年12月 幻影城 幻影城ノベルス
1979年04月 角川書店 角川文庫
1988年02月 双葉社 双葉文庫
1993年09月 東京創元社 創元推理文庫
1996年10月 角川書店 角川文庫
1997年11月 双葉社 双葉文庫(日本推理作家協会賞受賞作全集33)

<内容>
 ボクサーに見切りをつけた勝敏夫は、求人広告を見て、宇内経済研究所を訪ねていった。なんとそこは、宇内舞子ただひとりが経営する探偵事務所であった。舞子の助手として働き始める勝敏夫。最初の仕事は、老舗の玩具屋の主人から頼まれた妻の浮気調査。勝と舞子が相手となる妻を尾行していくと、思いもよらぬ事故に遭遇し、依頼人が死亡することとなる。その事故を発端として勝と舞子は、玩具商“鶴寿堂”の人々が被害者となる奇怪な連続殺人事件に巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 かなり昔に読んだ作品であったので、内容は全く覚えていなかった。以前は創元推理文庫で読んだのだが、今回は日本推理作家協会賞全集として出版された双葉文庫版での再読(これも以前読んでいるから3回目の読書となるのか)。

 これはなかなか面白い作品であった。本格推理小説としてもなかなかの出来栄えと言えよう。読んでいるときは、“玩具”に関する背景というか、その話が長すぎると思えたのだが、読み終えてみれば、その“玩具”が中心となるミステリであるからこそ、長い説明も当たり前のことと思われた。背景をうまく使いこなしたミステリ作品となっている。

 浮気調査を皮切りに、その後次々と連続殺人事件が起こることとなる。子供が誤って睡眠薬を飲んだとされるのは過失か犯罪か? 部屋のなかで銃で撃たれた死体が発見されたものの凶器が見当たらないという不可能犯罪。その他、過失か殺人なのか、もしくは何を狙いとした犯罪なのか、五里霧中のまま話が進んでゆく。さらには、屋敷の庭に作られた迷路にとある秘密が隠されており、謎の財宝が隠されているのでは、という冒険小説的な要素までが展開されてゆくこととなる。

 読んでいる最中は、真犯人の気配が全く見えないままであり、動機さえもわからぬ連続殺人事件という感じであるのだが、その解が示されれば、なるほどと納得のいく結末が待ち受けている。ミステリ小説が数多く出ている今となっては、似たようなものも見られるので目新しくはないが、発表当時はなかなかこういった作品はなかったであろう。登場人物の人物造形もしっかりしていて、最初から最後まで読み応えのある作品であった。


亜愛一郎の狼狽   7点

1978年05月 幻影城
1994年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「DL2号機事件」
 「右腕山上空」
 「曲った部屋」
 「掌上の黄金仮面」
 「G線上の鼬」
 「掘出された童話」
 「ホロボの神」
 「黒い霧」

詳 細

<感想>
 主人公の亜愛一郎がブラウン神父を思わせるような行動をとる(傘を忘れるとか)ということもあるのだが、内容からしても、まさにチェスタトン流と言いたくなる論理と展開。

 それぞれの作品が単なる犯人当てではなく、何が飛び出してくるのか予想のつかないものとなっている。さらに犯人当ての作品に関しても、ちょっとした事実からアクロバティックな推理が展開され、こちらもまた予想だにしない名推理が飛び出してくる。

 あと、ひとつ気になるのは、毎回ちょこっと登場する三角形の顔をした、洋装の老夫人の存在。いったい何者?

「DL2号機事件」
 泡坂氏のデビュー作。通常の推理ものとは一味違う展開が心憎い。また、シリーズの探偵役となる亜愛一郎が語る推理も変わったもの。大地震が起きた後に引っ越してきた男の心境を論理的に解釈してゆく。

「右腕山上空」
 トリックに関しては、そんなにうまくいくかなと首をかしげたくなるのだが、そのトリックを暴く愛一郎の推理は実にうまくできている。手袋とガムと葉巻の匂いという三つの要素が見事な伏線となっている。

「曲った部屋」
 これもまた発想が良い。部屋の状況の不審な点から、そこで起きた事件を一気に紐解いてしまう愛一郎の推理がすごい。“団地”という設定をうまく生かしきった作品。

「掌上の黄金仮面」
 愛一郎が、黄金仮面がつけていた面を見ることによって、真相の全てを明らかにするという離れ業をやってのける。この推理が見事。事件そのものよりも、黄金仮面の身に何が起きていたのかがポイントとなっている。

「G線上の鼬」
 人間の行為について、心理的な部分にまで掘り下げた推理が面白い。この作品は「DL2号機事件」に通じるものがある。さらには、そこに不可能犯罪までもを付け加えてしまうところが、さらに作品の価値を高めている。

「掘出された童話」
 見るからにして暗号もの。結論から言えば、決して常人には解けるものではない。なんとなくこの作品だけ、他のものとはシリーズとして異なるというか、違和感を感じてしまう。愛一郎の性格がちょっとおかしくなっていたようにも思われるし、話の中で起こる事件もやや中途半端。

「ホロボの神」
 文化の違いをトリックとして用いた作品。今でいえばさほど目新しくないのだが、このような作品が30年以上前に書かれていたことに驚かされる。当時はきっと斬新だったのではないだろうか。作中より、この作品の本質を付いた一言を掲載。
『自分は反対に、ホロボ族の文化の最先端である罠を知らなかったために、大きな傷を作ってしまったのだ』

「黒い霧」
 恐ろしげなタイトルに反して、内容はユーモラスなドタバタもの。ケーキ屋と豆腐屋の商品投げつけ合戦には思わず笑ってしまう。一歩間違えれば、毎年恒例のお祭り行事になったかもしれない。
 そういったドタバタ劇が起こるなか、愛一郎はカーボンまき散らし事件の真相を言い当てる。ただし、かなりアクロバティックな推理というか推測。


湖底のまつり   6点

1978年11月 幻影城 幻影城ノベルス
1980年04月 角川書店 角川文庫
1989年11月 双葉社 双葉文庫
1994年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 傷心を癒す旅行に出かけたOLの香島紀子は、東北の山村の村で川に落ちて溺れそうになったところを埴田晃二と名乗る男に助けられる。その縁で、一夜を過ごすこととなった埴田と紀子。翌朝、紀子が目覚めると埴田の姿はなかった。紀子は村祭りでにぎわう村へと訪れ、埴田のことを捜そうとするのだが、なんと埴田はひと月前に毒殺されたことにより死亡したと告げられ・・・・・・

<感想>
 かつて読んだものの、本を手放してしまって再読・・・・・・と思って読んでみたのだが、ひょっとしたら初読? 何気に今まで読み逃していた泡坂氏の初期作品であったような気がする。

 本書は、傷心旅行にでかけたOLの話が単に語られるだけと思いきや、なんと一晩を過ごした男が次の日に消えており、しかもその男は1年前に毒殺されたことにより死亡していた! と。そんな形で第1章が終わり、続く第2章へ、という具合で話が進んでゆく。

 この作品は4章構成でできており、それぞれの章ごとに主人公が異なるものとなっている。そのそれぞれの主人公の目を通して、物語がどのように流れ、そして第1章へとどのようにつながるのかが語られてゆくこととなる。

 ダムの建設により、揺れることとなる小さな村。その村に住む人々と、そこで毎年行われる恒例の祭り。そして、村に帰ってくるものと、村の外から来る人々。そうした背景のなかで、いくつかの思惑が交錯し、奇妙な謎が生まれることと相成る。村外の視点から見た故に幻想的な風景に見え、その村で育まれる熱情がさらなる妖しさをかもしだす。冷たくも情熱的な作品というように捉えられた。


花嫁のさけび   6.5点

1980年01月 講談社 単行本
1983年08月 講談社 講談社文庫
1999年07月 角川春樹事務所 ハルキ文庫
2017年11月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 映画界のスター、北岡早馬と再婚することとなった伊津子。伊津子は、早馬の前妻が奇妙な状況のなかでガス中毒死したことを知らされる。早馬の妻となり、彼の屋敷へと行くと、そこで待ち受けていたのは前妻・貴緒のことを忘れられない人々。しかし、反対に早馬だけは、前妻の想い出を捨て去ろうとするような行動をとり続ける。そうしたなか、屋敷で事件が起きることとなり・・・・・・

<感想>
 泡坂氏の未読作品が復刊されたので、さっそく購入して読んでみた。ちなみに、2018年の1月と3月にも、別の作品が復刊される予定。

 本書は、前半はあまりミステリっぽくない展開で始まってゆく。主人公である普通の女性・伊津子が映画スター北岡早馬と結婚することとなる。ただ、早馬には前妻がいて、この女性が不慮の死を遂げたという。一応事故という事で処理されているものの、徐々にその不審な様子が明らかになってゆく。

 前半の謎というものはそのくらいで、最初はただ単に伊津子が慣れない生活に戸惑いつつも、早馬の周囲にいる人達に紹介され、早馬や前妻に関する話をいろいろと聞かされてゆくこととなる。そして後半に入ると別の事件が起き、そこからさらなる事件が浮き彫りとなり、一気に物語は加速していくこととなる。

 最終的に明かされる真相はなかなかのもの。前半でそれなりに伏線をはっていたところも見事といえよう。読み終えてみると、なかなか考え尽されたミステリ小説になっていることに気づかされる作品。


煙の殺意   6点

1980年11月 講談社 単行本
1984年10月 講談社 講談社文庫
2001年11月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「赤の追想」
 「椛山訪雪図」
 「紳士の園」
 「閏の花嫁」
 「煙の殺意」
 「狐の面」
 「歯と胴」
 「開橋式次第」

<感想>
 さまざまなミステリの詰め合わせという感じの作品集。最初の「赤の追想」は、ひとりの女性の失恋体験が語られるのだが、その体験の様子から相手の男性に関する意外な真実が明らかにされる。というような感じで、“謎”自体が意表を突く感じで明らかにされたりと、予断を許さない作品が多い。

 個人的に一番面白いと思えたのは「紳士の園」。公園で出会ったホームレスになりたての男二人が感じる違和感から、とてつもない事実が浮かび上がってくるという風に語られる物語。その大掛かりな舞台作りにあっけにとられてしまう。

 表題の「煙の殺意」も面白い。デパート火災の様子がテレビで流れているところから始まる物語であるが、話の中心となるのは同時刻に起きた刺殺事件。すでに犯人が捕まり自供しているものの、捜査員が事件に矛盾を感じ、そこから思いもかけない真相が明らかになる。これもまた、物語全体をうまく使い切っているという感じの作品。

「歯と胴」もまたサスペンス作品としてよく出来ている。単純な殺人計画の話かと思ったら、予期せぬ展開があり、そこから完全犯罪を構築してゆくものの、とある点からそれが崩されていく・・・・・・という感じで非常にうまくできている。

 最後の「開橋式次第」は、過去と現在のバラバラ死体事件の謎を解くという話。謎に関するネタとしては泡坂氏らしい内容の作品と言える。ただ、登場人物の多さが物語に活かしきれていないのが、ちょっと難点であったかなと。


「赤の追想」 女友達が語る強烈な失恋模様に秘められた真相とは!?
「椛山訪雪図」 とある掛け軸に秘められた謎。
「紳士の園」 猥雑なはずの公園があまりにも紳士的であるという違和感。
「閏の花嫁」 玉の輿に乗ったはずの女が辿る運命とは!?
「煙の殺意」 デパートで起きた大火災と、とある殺人現場との関連。
「狐の面」 騒動を起こす山伏とそれに便乗するもの、そして謎を解き明かす坊主。
「歯と胴」 不倫の末、とある殺害計画を練り、完全犯罪を試みるのであったが・・・・・・
「開橋式次第」 新しい橋が出来た記念式典の当日にバラバラ死体が発見される。それは過去に起きた事件と全く同じ様相のものであることがわかり・・・・・・


迷蝶の島   6点

1980年12月 文藝春秋 単行本
1987年02月 文藝春秋 文春文庫
2018年03月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 資産家のドラ息子である達夫は、自前のヨットで沖に出て、読書をするのがお気に入りで会った。ある日、そのヨットに乗っている時に、中将モモコと出会う。達也はモモコに一目ぼれし、彼女にアプローチをかけるが、ちょっとした手違いから、モモコの付き人としてヨットを操縦するトキコと付き合うことになってしまう。達也はやがてモモコと付き合い始めることとなるのだが、トキコは一向に別れようとしてくれない。そこで、達也はとある計画を練りはじめ・・・・・・

<感想>
 序盤は、男女の三角関係が描かれており、その男女関係のドロドロとした内容は、読んでいてもあまり面白いとは感じられなかった。しかし、中盤からはそれとは異なる展開で描かれている。

 主要人物らがヨットに乗っている時に出会ったという事もあり、海洋ミステリ的な味わいを出しているというところが本書の特徴。さらには、冒頭で島で見つかった一つの遺体、そして一人の行方不明者と後半につながる謎を提示し、読者に気を惹くことにも成功している。

 そうして中盤から後半にかけて、徐々に事の真相がはっきりとしてくる。何気に、単なる“手記”と思われたものの中に秘められた真相が隠されていたことに驚かされる。“蝶”を物語の背景に用い、幻想的な雰囲気で読者を惑わせる作風は見事と言えよう。


喜劇悲奇劇      6.5点

1982年05月 角川書店 カドカワノベルズ
1985年10月 角川書店 角川文庫
1999年05月 角川春樹事務所 ハルキ文庫
2010年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 酒びたりの日々をすごす、売れない奇術師・楓七郎は知人からの勧めで、船を改造して作った動く劇場<ウコン号>で開催されるショーに出演することとなった。知人から紹介されたアシスタント森真を連れて船に乗り込む楓七郎であったが、何故か船内は微妙な雰囲気であった。たずねてみると、七郎の前にノーム・レモンという外国人奇術師がいたのだが失踪してしまい、代わりに七郎が呼ばれたのだという。しかし、本当にノーム・レモンは失踪したのか?
 すると、さらなる死体が七郎の前に現れ、それも一体だけではなく次々と。殺害された者達の名は上から読んでも下から読んでも同じ、つまり回文となっているのだが、それは事件の真相に関係があるのだろうか!? 七郎の昔の妻である唄子も現れ事態が混迷を極める中、連続殺人事件はさらに続いてゆき・・・・・・

<感想>
 泡坂氏の過去の作品が復刊されたもの。書かれた時代の古さはうかがわれるものの、ミステリ作品としての内容は決して色あせていない。

 本書の特徴はなんといっても“回文”にある。タイトルのみならず、各章題までが回文となっており、登場人物の多くが回文にまつわる名や芸名を持っている。そうしたなかで、回文の名前を持つものが次々と殺害されていくという凝りよう。

 また、もうひとつの泡坂氏らしさが出ているのは、主人公が奇術師であるということ。奇術やサーカスなどの大道芸を舞台を背景にして事件が起きてゆくこととなる。こういった昔の奇術の様相をうかがえるところも本書の特徴といえよう。

 この作品はミステリとしてうまくできていると思えるのだが、やや惜しく思えるのは最終的な解決の仕方について。もっと大々的に華々しく、探偵役のものがきちんと事件の解明を行えば良かったのではないだろうか。実際には、これが探偵役なの? という人物が淡々とごく一部の者達と語り合うという程度のもの。その語られる真相は、奇術によるトリックや、死体の入れ替え、意外な真犯人などなど、結構すごい内容のものとなっているとで、淡々と語られるだけというのは実に惜しい気がした。

 最後の幕引きをもっと大々的にやってくれれば、作品に対する印象が大きく変わるように思えて、実に残念である。


亜愛一郎の転倒   7点

1982年07月 角川書店 カドカワノベルズ
1997年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「藁の猫」
 「砂蛾家の消失」
 「珠洲子の装い」
 「意外な遺骨」
 「ねじれた帽子」
 「争う四巨頭」
 「三郎町路上」
 「病人に刃物」

詳 細

<感想>
 亜愛一郎が活躍する短編集の第2弾。1作目と変わらず、本格ミステリを堪能できる作品集となっている。今作の中では「意外な遺骨」と「三郎町路上」が特に良かった。

「藁の猫」
 完全なものを求める人間の人生のてん末を描いた作品。「DL2号機事件」に通じるところがある。謎を解くというよりも、一人の男の人生を読み解くというような内容。

「砂蛾家の消失」
 家の消失を描いた作品。手の込んだトリックが仕掛けられており、ただただ驚かされるばかり。一見、あまりの大技でうまくいきそうにないようにも思えたのだが、そのトリックをうまくフォローし説得力を強めている。 「珠洲子の装い」
 ネタとしてはわかりやすい。ただ、その理屈をきっちりと説明しきっている作品。ブラウン神父の逆説を思い起こさせる内容。

「意外な遺骨」
 これはなかなかの秀作。童唄による見立て殺人の状況から、亜が論理的かつ飛躍的な推理を披露する。あますことなく伏線を回収し、見事な解決を見せてくれている。

「ねじれた帽子」
 帽子から連想する推理はよいのだが、その先の推測まではやや行き過ぎているように思われた。一応理由付けはなされてはいるのだが・・・・・・。

「争う四巨頭」
 受け取りようによっては深い話と言えないこともないのだが、ちょっとした小話程度という感覚の方が強かった。当事者たちとは関係なく、周囲がばか騒ぎしただけのような内容。ちなみに舞台は前作「狼狽」の「黒い霧」事件が起きたところ。

「三郎町路上」
 ある種、早技のトリックとも言えるのだが、うまくできていると感じられた。いっぺんに運べぬものはバラバラの状態で搬入して、それから組み立てればよい、というアイディアがうまく決まっている。

「病人に刃物」
 一見、突飛のようにも感じられるのだが、よく読んでみると考え抜かれ、練りに練られた作品となっている。最後に亜が語るバラとカーネンションの例えが印象的。


妖女のねむり      7点

1983年07月 新潮社
1986年01月 新潮文庫
1999年04月 ハルキ文庫
2010年06月 創元推理文庫

<内容>
 廃品回収のアルバイトをしていた柱田真一は集めた紙の中から昔の有名な作家である樋口一葉の手によって書かれたと思われる手記を見つける。真一はまだ残りがあるのではないかと考え、その手記がどこから来たのかを辿り、一葉の手記の残りを手に入れようと上諏訪へと向かう。そこで真一は長谷屋麻芸という女と出会う。真一はどこかで彼女と出会ったことがあるようだと思ったのだが、それを裏付けるように麻芸から奇怪な話を聞かされる。彼女によると二人は前世で出会っているというのだ。麻芸は西原牧湖という女の生まれ変わりであり、真一は平吹貢一郎の生まれ変わりだという。そして前世で西原牧湖は平吹貢一郎を殺しているというのである。途方もない話であったが、それを裏付けるような事実と心当たりが次々と語られ始めることとなり・・・・・・

<感想>
 1983年に出版された作品であるが、創元推理文庫によって今年復刊された。これを機に読んでみたのだが、これがまた放っておくには惜しいくらいの出来栄えの作品であった。さすがに復刊されるだけあって、価値ある作品といえよう。

 とはいえ、実は最初読み始めた時にはそれほど良い作品とは思えなかった。荒唐無稽ともいえるような前世の記憶の話が描かれており、鵜呑みにするのもいかがわしいような内容が描かれている。それがまた真実であるように描かれているので妙な内容の作品だなと思って読んでいたのだが、中盤以降は見方ががらりと変わり、一気に内容に惹きつけられることとなった。

 本書は当然のことながらミステリ作品であるがゆえに、基本的に“謎とき”の作品となっている。よって終盤になり、作品全体の謎が解かれてゆくのを目の当たりにした時には、ただただ感心させられるばかりであった。

 本書では前世の話に追いやられてしまうのだが、最初は樋口一葉の未発表の手記を手に入れるというところから始まっている。こうした、物語上の細部においても、それぞれが事細かな伏線となっており、最後には隅から隅まですべてが意外な形で意味を持ち、真相が明らかにされることとなる。序盤を退屈だと思い込んだ私としては、まさに仕掛けられたミステリの罠にからめとられたとしか言いようがない。

 近年の本格ミステリを見返してみると、こうした前世を背景に用いたミステリ作品というのは珍しくないように思える。しかし、これが書かれたのが1983年というのだから、そのころからすでにこうした作品が出ていたということに驚かされてしまう。もしも当時、この作品がさほど話題にならなかったのだとしたら、それは確実に書かれた時期が早過ぎたということなのであろう。


ヨギ ガンジーの妖術      6点

1984年01月 新潮社 単行本
1987年01月 新潮社 新潮文庫(「蘭と幽霊」を追加収録)

<内容>
 「王たちの恵み」 <心霊術>
 「隼の贄」 <遠隔殺人術>
 「心魂平の怪光」 <念力術>
 「ヨギ ガンジーの予言」 <予言術>
 「帰りた銀杏」 <枯木術>
 「釈尊と悪魔」 <読心術>
 「蘭と幽霊」 <分身術>

<感想>
“ヨギ ガンジー”シリーズで「しあわせの書」と「生者と死者」は復刊されたものの、シリーズ最初の短編集「ヨギ ガンジーの妖術」のみが手に入らない状況。それが、ようやく復刊されたことにより、こうして読むことができるようになった。

 ミステリ短編集として見ると、全体的に少々弱いかなと感じてしまう。ただ、ミステリ云々よりも、それぞれの作品にただよう陽気ないかがわしさと、物語を楽しむことができるようになっている。

 と、いいつつも最初の「王たちの恵み」は、なかなかの内容。消えた募金箱の中身をめぐって、調査にヨギ ガンジーが乗り出すこととなる。実際に登場しないことで存在感を出す斗米金造という人物と、物理トリックならぬ心理トリックというような真相が目を惹くものとなっている。

「心魂平の怪光」では、ネズミにまつわる意外な真相が最後に待ち受けることに。「ヨギ ガンジーの予言」では、謎の予言の裏に秘められた真相をガンジーが見事に見抜く。「帰りた銀杏」の思いもよらぬ壮大な背景が隠されており、「釈尊と悪魔」ではとある人物の意外な姿が明らかとなる

 その他も、自身が怪しげな妖術・奇術を繰り広げながら、各地を練り歩き、次々と怪異を見破っていくヨギ ガンジーの活躍が頼もしい。また、「しあわせの書」を先に読んだという人は、この作品を読むことにより、如何にして不動丸と美保子がガンジーについていくことになったのかが語られているので、そこにも注目していただきたい。この作品を読んだ後に、再度シリーズを読み直すのも面白いかもしれない。


亜愛一郎の逃亡   6点

1984年12月 角川書店 
1997年07月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「赤島砂上」
 「球形の楽園」
 「歯痛の思い出」
 「双頭の蛸」
 「飯鉢山山腹」
 「赤の賛歌」
 「火事酒場」
 「亜愛一郎の逃亡」

詳 細

<感想>
 亜愛一郎が活躍する短編集の第3弾にして、完結編。

「赤島砂上」
 ひねりはさほどでもなく、シンプルな内容の話ではあるのだが、冒頭で語られる部分が、ネタの全てをしっかりと説明しているところが心憎い。泡坂流の逆説が見事に冴えわたっている。

「球形の楽園」
 シンプルな密室殺人トリック。似たような内容の作品はいくつか見受けられるのだが、ひょっとしてこのトリックを披露したのは、これが最初の作品?

「歯痛の思い出」
 伏線は最初から張られているものの、謎の提示はされないために、ややじれったいと感じられた。最後には謎が一気に明かされることとなり、そこでようやく病院で長い間待たされる描写が続けられたのかを理解させられることとなる。

「双頭の蛸」
 東スポ風の新聞記事と共に展開していく物語が面白い。ミステリとしての内容は、サム・ホーソン風の不可能殺人を描いたもの。最後に人の価値基準というものが軽く語られるが、このへんはチェスタトン流の風刺につながる部分と言えよう。

「飯鉢山山腹」
 車に書かれている文字を見ての推理はなかなか面白い。トリックがやや強引に思えるが、そのトリックの謎を解くまでの推理のプロセスを楽しむことができる。

「赤の賛歌」
 ある種わかりやすいミステリネタであると思える。それでも単に伏線を張り巡らしただけでなく、心理的な面に深く入り込んでいく真相はなかなかのもの。

「火事酒場」
“身長が低くて消防士になれなかった”という言葉が思いのほか利いてくるのには驚かされた。ただ、他にも色々と伏線があったように思えたのだが・・・・・・レッドヘリングであったのかな?

「亜愛一郎の逃亡」
 亜愛一郎が活躍する最後の作品。今回は亜自身が謎となり、皆の前から姿を消すこととなる。さらにはその正体が暴かれ、見事な大団円が待ち受ける。


死者の輪舞   6点

1985年05月 講談社 単行本
1989年01月 講談社 講談社文庫
1993年05月 出版芸術社 単行本
2019年02月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 警視庁特殊犯罪捜査課に配属された新人刑事・小湊進介は、癖のあるベテラン刑事・海方恍惣稔と組まされることに。そんな小湊が休日に競馬場で殺人現場に出くわす。彼の背中に男がのしかかって来て、確かめるとその男は刺殺されていた。何故、そのような雑踏の中で殺人事件が起きたのか? そして事件は連続殺人へと発展していくことに。小湊は海方に振り回されながら、事件の核心へと迫ってゆくこととなり・・・・・・

<感想>
 河出文庫版で復刊されたので購入。この作品はこれが初読となる。

 泡坂氏、色々な作品を書いていたのだなぁと。この作品はなんと刑事もの。ユーモア系ミステリ小説という作風の作品は他にもみられるのだが、このような刑事が主人公と言う小説はあまりなかったような。

 読み始めは、さほどたいした話ではなく、短編かと思って読んでいたのだが、なんと長編。最初は、競馬場で刺殺事件が起き、そこに偶然居合わせた主人公の刑事・小湊が第一発見者となる。その後警察の捜査が行われ、小湊の相棒であるベテラン刑事でアクの強い海方が登場。すると、その犯罪手口から海方は犯人が名の知れた殺し屋であると指摘する。

 といったような流れでその事件はもう終わりかと思いきや、そこから事件が思わぬ形で派生してゆくこととなる。ちょっとした事件のように見えたものが、実は大規模な連続殺人事件の始まりにすぎなかったと。

 ただこの小説、事件の解決云々よりも、海方という刑事のアクの強さを示したキャラクター小説という赴きのほうが強いような感触。内容は確かに面白いし、結末についてもなかなか読者が思い描くようなところへ着地せず、絶えず流動するような形で意外な方へと展開してゆく。それでも、読了後印象に残るのは、海方の波乱万丈な生き方と捜査方法に四苦八苦する小湊の様子ばかりである。


ダイヤル7をまわす時   6点

1985年12月 光文社 単行本
1990年04月 光文社 光文社文庫
2023年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「ダイヤル7」
 「芍薬に孔雀」
 「飛んでくる声」
 「可愛い動機」
 「金津の切符」
 「広重好み」
 「青泉さん」

<感想>
 泡坂氏のノン・シリーズ・ミステリ作品集。この作品集は読んだことがなかったので、創元推理文庫で復刊してくれて非常にうれしい。

「ダイヤル7」は、犯人当てとなっている。少々、難易度が高いというか、フェアかな? と思えるところもあるのだが、登場人物のなかに犯人がいると考えれば、十分犯人当て小説として成立すると思われる。犯人当てのみならず、ストーリーもなかなか良い。

 その他の短編も、ミステリとしては弱いと思えるものが多いが、物語としてはそれぞれ良くできていると思われる。
「芍薬に孔雀」は、日系二世の元ディーラーが巻き込まれるトランプにまつわる事件という設定そのものが見もの。
「飛んでいる声」は、これはミステリとして良くできている。意外なところから犯人が出てきたという感じ。
「可愛い動機」は、ただただ、最後の一行にやられてしまう。
「会津の切符」は、蒐集家の複雑な心情が表されている。警察の勝手な解釈も面白い。
「広重好み」は、害のない、ちょっと良い話的な感じで面白かった。こんな話も悪くはない。
「青泉さん」は、終わってみれば、青泉さんが、もうただ単に無垢な被害者という感じで浮かばれない。


「ダイヤル7」 ヤクザの組長が殺害された事件。犯行後犯人は何故、電話をかけたのか?
「芍薬に孔雀」 日系二世の男が巻き込まれた事件。死体は貴重なトランプのカードで装飾されており・・・・・・
「飛んでくる声」 向いの団地の部屋から聞こえてくる声。気になってその部屋の様子をうかがっていると、殺人事件を目撃し・・・・・・
「可愛い動機」 その女は保険金目当ての殺人事件を犯したようであるのだが・・・・・・しかも2回も!?
「金津の切符」 電車の切符の蒐集家が殺意に至った理由。そして、警察の見解は・・・・・・
「広重好み」 “広重”という名前を好みとする女の真意は!?
「青泉さん」 青泉さんというハイカラな芸術家風の男が殺害された事件。事件の謎と、青泉さんの謎とは??


しあわせの書  迷探偵ヨギガンジーの心霊術   6点

1987年07月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 怪しげな心霊術の実演などをしながら全国を練り歩く正体不明の外国人ヨギ ガンジーと、旅を共にする不動丸と美保子。三人は青森の恐山で一冊の本を入手する。それは新興宗教団体が出版した「しあわせの書」というもの。この宗教団体に興味を抱いた三人は、当てもなく、なんとなく団体本部を訪ねてみる。そこで彼らは、新興宗教の跡継ぎ問題に巻き込まれ、断食修行を先導することとなるのであったが・・・・・・

<感想>
 昨年(2013年)話題になり、復刊されたことにより入手することができた作品。実はこのヨギガンジーが活躍する作品を読んだことがなく、初読を楽しむことができた。

 ミステリといいつつも、最初はこれといった謎が提示されるわけではない。何やら怪しげな宗教団体があり、それを主人公ら三人(彼らのほうが怪しげだが)が興味本位で調べていくというもの。そうこうしているうちに、奇妙な断食修行に付き合わされることとなり、最後に物語の全貌が明らかにされる。

 最後の最後に、“しあわせの書”に関する謎が明らかにされ、それがこの作品の目玉と言えよう。そこには二つの真実が隠されており、ひとつは物語の内容にかかわるもの。もうひとつは、読んでお楽しみということで。ただ、近年のミステリファンであれば、こういったものを得意として書く作家がいるので、目新しくは感じられないであろう。というか、書かれた年代からすれば、これこそが元祖というべきなのか。


妖盗S79号   5.5点

1987年07月 文藝春秋 単行本
1990年06月 文藝春秋 文春文庫
2018年01月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 第一話 「ルビーは火」
 第二話 「生きていた化石」
 第三話 「サファイアの空」
 第四話 「庚申丸異聞」
 第五話 「黄色いヤグルマソウ」
 第六話 「メビウス美術館」
 第七話 「癸酉組一二九五三七番」
 第八話 「黒鷺の茶碗」
 第九話 「南畝の幽霊」
 第十話 「檜毛寺の観音像」
 第十一話「S79号の逮捕」
 第十二話「東郷警視の花道」

<感想>
 泡坂氏によるユーモアミステリ連作短編集。妖盗S79号と名乗る怪盗とそれを追いかける東郷・二宮両刑事との対決を描いている。

 初っ端の「ルビーは火」で東郷・二宮両刑事が登場し、さらにはそこに登場した人物が次の「生きていた化石」にも総登場していた。同じ人物を使いまわししてゆくのかと思いきや、三話めからは基本、東郷・二宮以外は登場しなくなった。無理やり同じ人物ばかりずっと使いまわしされたらどうしようと思ったので、三話目からの描き方については良かったと思える。

 ただ、全体的に怪盗対警察の構図もチープなもので、あまり見どころは少なかったような。たぶん“ユーモア”のほうに特化した作品ということなのだろうが、それほど読んでいて楽しくはなかったかなと。まぁ、古い作品なのだから仕方ないと思いきや、あとがきにて、この作品が単行本化されたのが綾辻行人氏の「十角館の殺人」が出たのと同じ年代だということに驚かされる。

 各短編のなかでは第四話の「庚申丸異聞」が面白かった。演劇が行われている中で、突如そこから怪盗と警察の対決の構図が現れてくるという様相に驚かされる。

 全体的に読むのに結構時間がかかったなと。後半になってからは、そのノリに慣れてきたのかだいぶページをめくるスピードがあがってきたように思えたが、それでもやや読み進めづらかった。強引なような気もするが、最終話では意外としっかりとまとめていたなという感じ。


奇跡の男   6点

1988年02月 光文社 単行本
1991年02月 光文社 光文社文庫
2018年05月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 「奇跡の男」
 「狐の香典」
 「密会の岩」
 「ナチ式健脳法」
 「妖異蛸男」

<感想>
 泡坂氏のノン・シリーズ作品集。なかなか味わい深い作品が集まっている。

「奇跡の男」は、幸運な男と称されるものの真実を描いた作品。似たような趣向のものが亜愛一郎シリーズでもあったような気がする。“奇跡の男”の裏側に隠れた犯罪計画はなかなかのもの。

「狐の香典」は、一番味がある作品と思わず感じ入ってしまった。ただし、ミステリとしてではなく、あくまでも小説として。とある登場人物の心持になんとも言えないものを感じてしまう。

「密会の岩」は、ちょっとしたエロティック・サスペンスといった感じ。そのノリで明かされる、バカミスっぽい真相が面白い。

「ナチ式健脳法」は、雪の上の足跡にまつわるミステリ。ただし、そのトリック自体はさほどのものでもない。ただ、トリックというほどのものでもないバカバカしさが、何気にいい味を出している。

「妖異蛸男」は、密室殺人を描いたミステリ。これぞバカミスと言いたくなるようなトリックが扱われている。奇想系とまでは言えないものの、それなりに本格ミステリしていて楽しめる一編。


「奇跡の男」 バスの転落事故で生き残り、宝くじの特賞を当てた幸運な男の顛末は!?
「狐の香典」 小料理屋に刑務所帰りの男が現れたことから始まる綺譚。
「密会の岩」 浜辺の民宿で過ごしていた画家が女子大の体操部員と知り合った後、殺人事件に巻き込まれる。
「ナチ式健脳法」 雪上の足跡を巡る殺人事件。
「妖異蛸男」 浴室で起きた密室殺人事件。犯人は蛸男??


折 鶴   

1988年03月 文藝春秋 単行本
1991年01月 文藝春秋 文春文庫
2023年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「忍火山恋唄」
 「駆 落」
 「角館にて」
 「折 鶴」

<感想>
 泡坂氏の過去の作品が創元推理文庫により復刊。着物に関する職人らにスポットを当てた人情ミステリというような位置づけの短編集。

 全体的にミステリとしては弱かったように思える。というか、基本的には人情物の作品で、そこにほんの少しミステリで脚色したというような感じ。ゆえに、職人が主人公の物語というスタンスで読めば面白い作品であると思われる。

 一応、人情物語という風情であるのだが、私自身の感覚からすると、どれも主人公の職人である男の態度が煮え切らないようなものばかりであったと感じてしまった。その辺は時代性によるものなのかもしれないし、狭い世界での出来事を示せばここに表されるような感覚が普通であるのかもしれない。個人的には、あまり共感できないような内容ばかりであったかなと。それと、「折鶴」のラストはそこまで悲劇的にしなくてもよかったのではないかと・・・・・・


「忍火山恋唄」 染物屋組合の親睦旅行で金沢を訪れた脇田は、三味線を弾く芸者・彩子に惹かれ・・・・・・
「駆 落」 悉皆(しつかい)屋を営む征次は父親が亡くなったことにより、過去に起こした自らの駆け落ち事件を思い返し・・・・・・
「角館にて」 盛岡の漆工の敏之は東京で個展を開いた後に、人妻の裕子から一緒に盛岡まで連れて行ってもらいたいと請われ・・・・・・
「折 鶴」 縫箔(ぬいはく)屋の田毎は、民宿に彼の名をかたったものが宿泊したということを知る。そんな折、かつての恋人と再会し・・・・・・


蔭桔梗   

1990年02月 新潮社 単行本
1993年02月 新潮社 新潮文庫
2023年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「増山雁金」
 「遺 影」
 「絹 針」
 「簪」
 「蔭桔梗」
 「弱竹さんの字」
 「十一月五日」
 「竜田川」
 「くれまどう」
 「色揚げ」
 「校舎惜別」

<感想>
 泡坂氏によるミステリというよりは、普通小説集に近い作品。第103回直木賞受賞作でもある。

 この作品の前に復刊された「折鶴」という作品があり、中味は同じテイストであるが、こちらのほうが一編一編短く、読みやすくなっている。また、内容的にもこのくらいの分量がちょうどいいと思われ、この「蔭桔梗」は、非常に良い作品集という印象が残った。

 全体的に着物に関わる様々な職人が主人公となり、過去や現在に起きたちょっとした恋愛模様が描かれるといったもの。恋愛模様に関しては、果たされずに終わったというものがほとんであったような印象。

 印象に残ったのは「簪」。ある種の怪談話のような感触も受けるものの、爽快さのみが残る変わった一編。
 夫婦の掛け合いにより、文化功労章を受けた男と、その陰に隠れる腕の良い歯科技師について描かれる「十一月五日」。
 職人の話ではないが、文房具屋の夫婦の秘められた不倫とその想いについて描いた「くれまどう」。
 ひとりの女性教師のその後を描いた「校舎惜別」。
と、いったところも面白かった。

 読みやすく万人に薦めることができる作品集。職人が主人公となる背景という点で、やや硬さを感じさせるかもしれないが、全体的に読みやすい物語となっている。広く人にお薦めできる作品でありながらも、何と言って薦めればいいのかが難しい。著者の泡坂妻夫氏を知らない人も、ミステリが好みでないという人にも手に取ってもらいたい逸品。


毒薬の輪舞   5.5点

1990年04月 講談社 単行本
1993年09月 講談社 講談社文庫
2019年04月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 警視庁特殊犯罪捜査課の刑事・小湊進介は、ベテラン刑事・海方恍惣稔に命じられ、彼と共に精神病院に潜入することとなった。海方が言うには、その病院内で謎の毒物事件が発生しているらしい。小湊は海方と共に、精神病院に入院している癖のある患者たちと相対すこととなり・・・・・・

<感想>
 アクのある刑事・海方恍惣稔が活躍するシリーズ第2弾。といいつつも第3弾はなく、この刑事が活躍するのは「死者の輪舞」とこの作品の2編のみ。

 今作は、前提となる事件自体があいまい過ぎという印象。それゆえに、事件自体を追うというものではなく、精神病院に入院している人たちの奇妙な行動を追っていくというもののみであったような感触。

 事件らしきものも、途中で起きているのかどうかはわかりにくく、後半になってようやく、それらしい事件が起きる。ただ、ミステリのネタとしてはややわかりやすいものであったように思えてしまう。

 そんなこんなで、ただ単に精神病院内での大騒ぎの様子を描いたのみに終始するような作品であった。その雰囲気を楽しむことができれば、面白く感じられる作品ではある。


生者と死者  迷探偵ヨギガンジーの透視術   6点

1994年11月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 記憶が覚束ないという中村千秋という人物。千秋は透視をしたり、先を見通す不思議な力を持っているらしい。そして千秋はとある事件の犯人を透視で当ててしまい・・・・・・

<感想>
 1994年に出た作品が20年ぶりに復刊。これは古本屋では買えない作品。というのは、ページが16ページごとに閉じられていて、そのままの状態で一つの短編作品として読むことができる。そのページを開封して読むと長編作品が現れるという趣向の作品なのである。本書が出た当時、興味がわいたのだが、買わずじまいで後から後悔してしまった。それがうれしいことに復刊されたので、今回ようやくこの作品に触れることができた。

 短編作品としてはひとつの幻想作品のような感じ。長編作品としてはヨギガンジーが活躍する(というほどでもない?)、胡散臭い超能力の正体を暴くという内容。本書の目玉としては何といっても、短編パートに書かれていた作品が長編パートではどのように書き表されているかということ。

 実際に読んでみた感想はというと、長編に関しての内容はなんとなく微妙なような・・・・・・この作品の構成を意識してか、話の流れが微妙とも感じられた。構成上しょうがないのかもしれないが、なんとなく長編小説部だけをとりあげると、いまいちのようにも。

 ただ、短編小説と併せて考えると、かなり深い作品ともとらえられる。というのは、最初短編を読んだ後に長編を読んでいると、先に読んだ短編と本編の長編とは別の話なのかなと思われたのだが、最後まで読むと実はこれらが密接に関連しているのではと考えられるのである。深読みしても整合性が覚束ないような気もするのだが、さらに深読みすれば整合性がきちんととられているようにも感じられるのである。

 両者を総合して考えると、長編の最終的な真相がうまく短編と絡み合い、一連の物語をきちんと創り出しているように思えてしまうのである。ただ単に短編と長編が読める作品というわけではなく、妙な深みのある一連の流れの作品として昇華した内容といえるのではなかろうか。


鬼子母像   

1998年12月 祥伝社 ノン・ノベル
2003年02月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「鬼子母像」
 「弟の首」
 「鳴き砂」
 「ライオン」
 「他化自在天」
 「指輪の首飾り」
 「竹夫人」
 「三郎菱」
 「ジャガイモとストロー」
 「色縫い」
 「幕を下ろして」
 「連理」

<感想>
 ミステリ作品集ではなく、テーマとして女の“性(サガ)”を描いた作品集といったところか。女性というものを描いているにもかかわらず、その多くの作品が男性視点から描いているところもまた興味深い。

 好みの作品としては幻想色の強い「竹夫人」。怪奇的というのであれば「鬼子母像」「弟の首」。

 一人の女性の人生を支え続けたトリックについて描く「ジャガイモとストロー」も印象的。

 本書のテーマと考える(あくまでも個人的にだが)女というものを描いた作品としては「指輪の首飾り」や「三郎菱」が心に残る。

 成熟した大人が読むに耐える、大人のための小説集。


奇術探偵 曾我佳城全集   8点

2000年06月 講談社 単行本
2003年06月 講談社 講談社文庫(分冊:秘の巻、戯の巻)

<内容>
 女奇術師・曾我佳城が活躍する短編作品を全て網羅したミステリ作品集。

(秘の巻)
 「空中朝顔」
 「花火と銃声」
 「消える銃弾」
 「バースデイローブ」
 「ジグザグ」
 「カップと玉」
 「ビルチューブ」
 「七羽の銀鳩」
 「剣の舞」
 「虚像実像」
 「真珠夫人」

(戯の巻)
 「ミダス王の奇跡」
 「天井のトランプ」
 「石になった人形」
 「白いハンカチーフ」
 「浮気な鍵」
 「シンブルの味」
 「とらんぷの歌」
 「だるまさんがころした」
 「百魔術」
 「おしゃべり鏡」
 「魔術城落成」

<感想>
 長らく積読であったこの作品をようやく読了することができた。2006年から読み始めていたのだが、結局年をまたいでしまった。本書を購入したきっかけは、その年の「このミス」で一位になったことであったのだが、そのときハードカバーを買ってからなかなか手を付けず、そうこうしているうちに文庫版が出版されてしまった。結局、なんとか手を付けるきっかけにしようと文庫までもを買って読むことにしたのだが、またそれから読もうと思うまでにだいぶ時間がかかってしまった。

 本書の内容が面白いことは十分に請合えるのだが、一気に読み通すというような性質の本ではないと思える。ゆえに、一編ずつじっくりと読んでいき女奇術師・曾我佳城の人生を堪能していくという作品集である。

「空中朝顔」
 短い物語であり、肝心の曾我佳城もほんの少ししか登場しないのだが、朝顔に秘められた思いを実にうまく描いた良作といえよう。“空中朝顔”に秘められた思いを見事に描いた作品。

「花火と銃声」
 この作品集のなかでは一番よいと思われた作品。警察は弾丸の痕跡から犯行当時の状況を描こうとするのであるが、それを逆手に取った犯人の奇想がすばらしい。

「消える銃弾」
 実際に怪我をしたり、死人が出たりしたことのある拳銃による奇術を用いたミステリー。
 ただ、トリックとして考えてみると、奇術師しだいによってどうにでもすることができそうなので、ミステリーとしてはさほどのものではないと感じられた。それよりも後に佳城の弟子となる串目少年の登場が一番のポイントであるのかもしれない。

「バースデイローブ」
 読んで感じたことは、紐の結び目の描写というものは難しいなと。頭だけで考えてもなかなか理解しにくい。
 内容は、被害者が絞殺され、ロープの結び目がポイントになるというミステリー。実は物語の最初から既に事件に絡んだ構成となっていることに気づかされることに。なかなかうまい構成の作品と言えよう。

「ジグザグ」
 舞台で手品の手伝いをした人の死体が奇術道具の中から発見される。なぜか胴体だけは見つからなく・・・・・・という内容。
 曾我佳城が推理をするものの、その推測が飛躍しすぎているというような印象を受けた作品。

「カップと玉」
 暗号ミステリー。奇術師らしい暗号が見物である。とはいえ、全体的にドタバタ劇であるため、佳城が解き明かすような内容の作品ではないと感じられた。

「ビルチューブ」
 お札を消し、意外なところから出現させるという手品。その手品が行われた後、盗難事件が起こるというもの。
 佳城の犯人に対する罠のかけ方が面白く、奇術というものがふんだんに扱われた作品。

「七羽の銀鳩」
 手品で使用する七羽の鳩が盗まれるという作品。
 その動機や最後の展開が意外であるのだが、もう少しラストの展開に対する伏線を張っておくべきであると感じられる。

「剣の舞」
 手品用の剣が凶器として使われる連続殺人事件。
 サスペンス色をあおるような書き方がうまいと感じられた。なかなかしゃれた作品。

「虚像実像」
“虚像実像”という手品の最中に舞台の上で奇術師が殺害される事件。
 そのトリックよりも動機に目を見張るものがある。その動機を明らかとする串目少年の一言が秀逸。

「真珠夫人」
 曾我佳城の外伝的な物語。


「ミダス王の奇跡」
 雪の中の足跡トリック描いた作品。何故か旅館の女将が曾我佳城。
 トリック自体は独創的であるのだが、うまくいくのかどうかが疑問。しかも、作中では失敗の仕方もうまい具合に行き過ぎているような気が・・・・・・

「天井のトランプ」
“天井に張り付いたトランプ”という謎自体が魅力的。一度、試しにやってみたくなってみるトリックである。
 ミステリとしての内容は、“天井のトランプ”によりダイイングメッセージを示しているものの、メッセージの内容としてはわかりにくい。しかし、よくよく考えてみれば、特定の人のみに向けたダイイングメッセージであるがゆえにうまくできているといってよいのであろう。

「石になった人形」
 腹話術師が殺害され、残されたトランクにはなぜか大きな石が残されていたという内容。奇術ミステリ作品集だからこそ、読んでいるほうとしては考えもしないようなトリックである。でも昔このような方法を用いた腹話術師がいたとしたなら、それはそれで見てみたい。

「白いハンカチーフ」
 曾我佳城がテレビ番組に出演し、食中毒事件の概要を聞く中で犯人を指摘するという、本編中では異色の構成の作品。
 ミステリとしての内容もまた異色であり、心理的な面に強く踏み入ったものとなっている。推理としてはいささか飛躍しているように感じられるものの伏線はきちんと張られており、なかなか見所のある作品となっている。

「浮気な鍵」
 鍵のかかったマンションの部屋にどのように出入りしたのか? ということがポイントとなる内容。密室作品というよりは、“鍵もの”とでも言ったほうがふさわしいかもしれない。ただ、そのトリックの説明がややこしいものとなっている。
 それよりも、ここに登場する人物たちが破天荒な人たちでそちらのやり取りのほうが面白かったりする。

「シンブルの味」
 曾我佳城らと共に旅行をしていたうちの一人がバラバラ死体で見つかるというもの。その死体の腹の中からシンブルが出てきたことにより身元が知れるのだが・・・・・・という作品。
 全貌が明らかになれば、それなりには納得はできるものの、推理の根拠や犯人の行動になんとなく腑に落ちないものが残ってしまう。

「とらんぷの歌」
 これは犯人の意外性・・・・・・というよりもうまくミスリーディングを誘っている作品と言ったほうがよいのであろう。ただし、本編中のミステリの部分よりも“いろは歌”のような“とらんぷの歌”のほうにどうしても興味がいってしまう。

「だるまさんがころした」
 怪盗が跋扈する冒険活劇かと思えば、実はちょっとした恋の話に収まってしまっている。
 ミステリとしての内容云々よりも、作中に出てくる仕掛けの施された奇術の品の数々を実際にこの目で見たいと思わされる作品。

「百魔術」
“百物語”ならぬ“百魔術”を行っている最中に死者が出てしまうという作品。これは、なんか普通に分かりやすい作品、という印象しか残らない。奇術師たちが集う中で行う殺人にしてはお粗末なのではと。

「おしゃべり鏡」
 鏡によるトリックは、トリックというかちょっとした発見のようなものなのだが、よく思いついたなというたぐいのもの。ただ本編はそれだけではなく、その構成に見るべきところがあると思える。この作品では犯行が明らかになる前に、不審な点に気がつき、さらには犯人まで特定されてしまうというもの。そして、最後の警察と犯人とのやりとりを見せられると、感心させられるとともに、ちょっと噴出してしまうという場面までが挿入されている。

「魔術城落成」
 本編が曾我佳城が登場する最後の作品となっている。なるほどラストはそのような展開が待っていたのかと思わされはするものの、ここまでこのシリーズを読み続けてきた読者が納得するようなラストとはとうてい思えなかった。とはいえ、ミステリであるからこそ、このような締めこそが必然であるのかもしれない。


比 翼   6点

2001年02月 光文社 単行本
2003年08月 光文社 光文社文庫

<内容>
(一の部屋/職人気質)
 風神雷神
 筆屋さん
(二の部屋/奇術の妙)
 胡蝶の舞
 スペードの弾丸
 赤いロープ
(三の部屋/怪異譚)
 思いのまま
 お村さんの友達
(四の部屋/恋の涯)
 比 翼
 記念日
 好敵手
 花の別離

<感想>
 特にテーマは決まっておらず、色々な短編が読める作品集となっている。その多彩さに、もう少し内容を絞ってもらってもと思いつつも、逆に多彩だからこそ飽きずに読み通すことができるという利点もある。

 繰り返すようであるが、本当にその多彩さは見事であるという他ない。人情物語もあれば、ミステリーもあり、ホラー・テイストな作品までも楽しめる。ただ、このへんまでなら予想の範囲であったのだけれども、SM的な作品や、超常現象的な作品といった何が飛び出すかわからない作品までもが含まれているのだから、先入観なしに読めばこの本の構成こそがミステリーだと思わされてしまう。

 特にどれがという突き抜けたものはないにしても、佳作ぞろいの作品群に楽しませてもらえること間違いなしの本。


蚊取湖殺人事件   

2005年03月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「雪の絵画教室」
 「えへのの守」
 「念力時計」
 「蚊取湖殺人事件」
 「銀の靴殺人事件」
 「秘宝館の秘密」
 「紋の神様」

<感想>
 さまざまなジャンルの泡坂作品が収められた作品集。

「雪の絵画教室」と「蚊取湖殺人事件」は謎解きを中心とした本格ミステリ。ちなみにこの2作品以外は文庫オリジナル収録となる。

「えへのの守」と「紋の神様」は家紋にまつわる話。「念力時計」は“曾我佳城”シリーズに登場する機巧堂の店主が登場する、ちょっとオカルトめいた作品。「銀の靴殺人事件」と「秘宝館の秘密」はミステリ作品ではあるが、サスペンスドラマ風のさらっとした作品。

「雪の絵画教室」はアトリエで起きた殺人事件を雪道に付けられた人の足跡と自転車の車輪の跡から犯人の行為を推理するというもの。これに人里離れた地で起きた大量殺人事件をからめた話となっている。話としてうまくできているのだが、素材を生かしきるにはページ数が足りなかったようにも思える。

「蚊取湖殺人事件」は何かのアンソロジーで読んでいたような気がする。湖のほとりで起きた殺人事件を包帯という奇妙な凶器をヒントして、読者に挑戦している作品。これは問題編と解答編にわかれているので、一度挑戦してみてはいかがか。とはいえ、詳細まで解き明かすのはちょっと難しいような気も・・・・・・


泡坂妻夫引退公演 絡繰篇   5.5点

2012年08月 東京創元社 単行本(「泡坂妻夫引退公演」)
2019年04月 東京創元社 創元推理文庫(文庫版では「絡繰篇」と「手妻篇」の2分冊)

<内容>
亜智一郎
 「大奥の七不思議」「文銭の大蛇」「妖刀時代」「吉備津の釜」
 「逆鉾の金兵衛」「喧嘩飛脚」「敷島の道」

幕間
 「兄貴の腕」


 「五節句」「三国一」「匂い梅」「逆祝い」
 「隠し紋」「丸に三つ扇」「撥 鏤」

幕間
 「母神像」「茶吉尼天」

<感想>
 泡坂氏の死後、未発表となっていた短編作品が集められた作品集。単行本では一冊で出版されたが、文庫版では「絡繰篇」と「手妻篇」の二分冊となっている。この「絡繰篇」では、主に亜智一郎の作品と紋章上絵師の作品が集められている。

 亜智一郎の作品については、シリーズとして一冊にまとめあげられていなかったところが残念。まとめられていたら、明治維新の動乱がひとつの作品で語り上げられるものとなっていたのだろう。ただ、物語としては面白いのだが、ミステリとしてはいまひとつ。作品のほとんどが普通の時代小説っぽい内容にとどまっていたように思われた。

 紋章師の作品に関しては、さらにミステリとは縁遠かったような。基本的に紋章師としての仕事を通しての日常が描かれた作品という感じである。あまり馴染みのない、紋章師という生業について触れることができる作品となっている。

 幕間という位置づけのノン・シリーズ短編「兄貴の腕」では、最後に意外な人物が登場してきて笑いを誘う。


泡坂妻夫引退公演 手妻篇   6点

2012年08月 東京創元社 単行本(「泡坂妻夫引退公演」)
2019年04月 東京創元社 創元推理文庫(文庫版では「絡繰篇」と「手妻篇」の2分冊)

<内容>
ヨギ ガンジー
 「カルダモンの匂い」「未確認歩行原人」 「ヨギ ガンジー、最後の妖術」

幕間
 「酔象秘曲」「月の絵」「聖なる河」「絶 滅」「流 行」

奇術
 「魔法文字」「ジャンピング ダイヤ」「しくじりマジシャン」「真似マジシャン」

戯曲
 「交霊会の夜」

<感想>
 泡坂氏の未発表作品集。単行本では一冊にまとめられているが、文庫本では2分冊。その後編となる「手妻篇」を読了。こちらでは“ヨギ ガンジー”と“奇術”と銘打たれた2つのシリーズが中心となり、その他“幕間”としてノン・シリーズが掲載されている。

 ヨギ ガンジーについては、バリバリのミステリという感じではないものの、相変わらずの胡散臭さを楽しめる内容となっており、このシリーズが好きな読者にとってはたまらないであろう。4巻目としての作品集にまとめられなかったことが残念。ちなみに「ヨギ ガンジー、最後の妖術」は、まだ序盤のみを書き始めたばかりの中絶した作品である。

“奇術”については、シリーズ探偵である曽我佳城が出ていないのが残念なところ。奇術ショップである機巧堂を中心にマジックよもやま話が語られているのみの作品という感じ。そんなわけで、なんとなくエッセイのような感触。

 その他で印象に残るのは、なんといっても「酔象秘曲」。こちらは“酔象将棋”という特殊な将棋の愛好者たちが招かれる話を描いたものなのだが、思いもよらず濃いミステリ作品となっていることに驚かされる。これは、短編という扱いがもったいないくらい。長編化して描いても良かったのではないかというトリックが用いられている。


夢裡庵先生捕物帳   6点

2017年12月 徳間書店 徳間文庫(上下)

<内容>
【上巻】
「びいどろの筆」「経師屋橋之助」「南蛮うどん」「泥棒番付」「砂子四千両」
「芸者の首」「虎の女」「もひとつ観音」「小判祭」「新道の女」
【下巻】
「猿曳駒」「手相拝見」「天正かるた」「からくり富」「風 車」「飛 奴」
「金魚狂言」「仙台花押」「一天地六」「向い天狗」「夢裡庵の逃走」

<感想>
 過去に出版された“夢裡庵先生捕物帳”シリーズ「びいどろの筆」「からくり富」「飛奴」の3冊を合本した作品集。

 一応シリーズということで北町奉行所同心“夢裡庵”こと富士宇衛門が活躍するものなのであるが、実際には必ずしも夢裡庵が活躍しているというわけではない。それぞれの作品に必ず顔を出してはいるが、夢裡庵が全ての謎を解いているわけではなく、他の脇役が謎を解いているという作品も結構多い。そんな感じで一話一話の流れがそれぞれ別の登場人物に語られるというものになっており、定型的な流れがないゆえに、シリーズ作品の割にはとっつきやすさが感じられない。

 さらには、時代物として細かい点に詳しすぎるがゆえに、非常にとっつきにくい。例えば、数多くの登場人物が出てくるものの、それぞれの職業が実にわかりづらい。“絵師”であれば、単にそれだけを強調すればよさそうなものであるが、必ず“何々の絵師”というような感じで一言で表しづらいものにしている。詳しく書きすぎているがゆえに、内容が明快にあらわしづらいというところが困りもの。

 そういうわけで、単にミステリとして読むというには、時代小説たる部分のハードルが高くなってしまっている作品集。もしも時代小説に興味があって読むという人にとっては、むしろこれが格好の作品となるのではなかろうか。そんな感じの時代物ミステリ作品集となっている。

 実際に読んでみると、それなりに強い印象を残すミステリ作品となっているものも結構見られた。本シリーズの特徴としては、印象に残る“動機”が多かったところ。「芸者の首」という作品に込められた秘めたる芸者の思い。「小判祭」も単なる盗難事件が描かれた作品と思いきや、思いもよらぬ結末が待ち受けるものとなっている。

 しっかりと内容にはまり込むことができれば、それなりに楽しめる時代ミステリになっていると思われる。手軽に読むというよりは、じっくりと腰を据えて読む作品と感じられた。


「びいどろの筆」 絵馬が放った弓によって殺害されたかのような状態で発見された死体。ふところには何故か砥石を持って・・・・・・
「経師屋橋之助」 講釈師が語る物語、それは女郎に売られた末に非業の死を遂げた女の亭主が復讐をするという話であった。物語で起きた殺人と似通った事件が実際に起き・・・・・・
「南蛮うどん」 問屋から飛び出した若旦那と主人との仲を取り持つため、うどんを使ったもてなしが行われる。若旦那が踊りを披露し、ロウソクの火を喰らうという芸を見せるものの、その後苦しみ始め死に至り・・・・・・
「泥棒番付」 名物味くらべという瓦版に乗った店が繁盛し、しかもそろって強盗に襲われるという事件が起きる。そして、さらなる殺人事件が・・・・・・
「砂子四千両」 オランダ人から砂を金に変える秘術を学んだという男が、皆に投資をしてもらうために、技を披露するという・・・・・・
「芸者の首」 男の誘いを断り続ける芸者。その断られ続けていた男が別の病弱な芸者に惨殺されるという事件が起きる。病弱な芸者には惚れた男がいたようだが・・・・・・
「虎の女」 彫り物師のもとで刺青を入れる新十郎。そこで虎の絵を彫っているらしい女の話を聞く。すると後日、その彫り物師が毒で殺害されるという事件が起き・・・・・・
「もひとつ観音」 見世物小屋で働く女、その周辺で起こる殺人事件。女の過去と、それにまつわる事件の動機とは!?
「小判祭」 祭で名物となった娘が武家へ嫁いで行った後の年の祭のこと。鼻つまみ者の男が殺害され、さらには蔵が破られ小判が盗まれるという盗難事件が・・・・・・
「新道の女」 女の格好をした男、その男と連れ添う男。奇妙な夫婦の女型のほうが何者かに殺され、あたりをうろついていた侍に嫌疑がかけられるが・・・・・・

「猿曳駒」 道具屋の男は納豆屋のお釣りに珍しい銭を見つける。その銭の行方を追っていくと、やがて店屋の若旦那の死とその妻の水死体に遭遇し・・・・・・
「手相拝見」 占い師が発見したのは、元相撲取りの刺殺死体。事件の背景には、とある商家のお家騒動があり・・・・・・
「天正かるた」 二人の男が歩いていると、女の指が落ちているのを発見した。やがてその女の死体が変わった“かるた”と共に見つかり・・・・・・
「からくり富」 どこかうさん臭げな富くじと、それにまつわる詐欺の疑いと騒動。
「風 車」 離縁した男と女。その後、男は別の女と結婚したのだが、死体となって発見される。男は前の妻と会っていたようだが・・・・・・
「飛 奴」 商家に入った強盗の潜入方法、そしてよく当たる占い師のからくり。
「金魚狂言」 ひとりの男が死亡し、食べた饅頭に毒が入っていたのではないかと・・・・・・しかも同じ饅頭で金魚や猫が死亡したと言われ・・・・・・
「仙台花押」 武家による花火が行われた晩、船頭のいない船が流れていた。中には女の死体があり・・・・・・
「一天地六」 夢裡庵がさいころ談義を聞いているとき、掏摸(?)によって空の財布が懐に入れられていた。中には書置きが入っており・・・・・・
「向い天狗」 火事騒動と、女の髪切り事件の顛末。
「夢裡庵の逃走」 江戸を守るはずの将軍がいなくなり、新政府軍が江戸に押し寄せてくる中、奉行所自体の意味がなくなり夢裡庵は彰義隊に参加し・・・・・・


夜光亭の一夜   宝引の辰捕物帳 ミステリ傑作選   6点

2018年08月 東京創元社 創元推理文庫(末國善己編)

<内容>
 「鬼女の鱗」
 「辰巳菩薩」
 「江戸桜小紋」
 「自来也小町」
 「雪の大菊」
 「夜光亭の一夜」
 「雛の宵宮」
 「墓磨きの怪」
 「天狗飛び」
 「にっころ河岸」
 「雪見船」
 「熊谷の馬」
 「消えた百両」

<感想>
 泡坂氏による“宝引の辰 捕物帳”シリーズ作品のなかで傑作品を選んだ作品集。さすがに傑作選と名付けるだけあって良い作品がそろえられている。一応ミステリとして成立してはいるものの、なんとなく落語的な物語風の作品という印象が強かった。江戸を舞台にした人情ものといってもよいかもしれない。

「鬼女の鱗」は、彫り物師(刺青師)がかつて秘密裏に掘った彫り物を持った死体が発見されるという話。最後の話の締め方がいかにも人情ものという感じであった。

「辰巳菩薩」は、とある遊女の人生を描き出した物語。事件よりも、その数奇な遊女の人生のほうに気が惹かれてしまう。

 等々、捕物帳とはいえ、決して犯人を暴き出すことが目的ではなく、より良い解決にもってゆくというところが魅力的。いかにも時代劇らしい話であり、読み物としてそれぞれの作品に読み応えがある。




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