<内容>
インド寺院の秘宝、黄色のダイヤといわれる月長石は、数奇な運命の果て、イギリスに渡ってきた。しかし、その行くところ常に不気味なインド人の影がつきまとっている。そしてある晩、秘宝は持ち主ヴェリンダー家から忽然と消失してしまった。警視庁のけんめいの捜査も空しく、月長石のゆくえはようとして知れなかった。この怪事件と取り組んだカッフ部長刑事の慧眼は、はたしてなにを見出すか?
<感想>
読んでいながらも全く先を見通すことができなく、どのような展開になるかということだけでなく、これはどのような物語であるのかという部分においても振り回されつづけながら読まされた。
最初は“月長石”に付随する運命、そしてヴェリンダー一族に“月長石”がもたらされ、それが消失する。このへんまでは事細かに一家の様子が描写されるものの、通常の探偵小説として捕らえられる。そこから今度はヴェリンダー家にもたらされる衰退の模様。それはあたかも“月長石”によって呪いがもたらされたかのように。ここではレイチェル・ヴェリンダーにスポットが当てられ、彼女の物語として幕が引かれて行くのかと思わせられた。しかし、ここから今度は据え置かれた“月長石”消失の事件への解明がまた再開されていく。そこで、もたらされる意外な方法、予想だにしない実験、そしてその犯人・・・
というように移り行く展開に、読者はただただ翻弄されるばかり。そして最後には全編通して、この物語は壮大なる“探偵小説”であるということをまざまざと見せつけられる。重厚に敷き詰められた大河ドラマともいえる物語が、それと同時に探偵小説でもあるといえるのだから、これは怪作と呼びたくなる。
この物語にて一番感心させられたのは、登場人物の全てが皆なんらかの役割をになっていくということである。“月長石”の消失が描かれる第一期(約300ページくらい)までにおいては、登場してきた人物で重要そうな者とそうでない者とを自分なりに分けて考えていた。しかし、第一期にて全くの脇役であった者達のほとんどが“月長石”消失事件の解明にあたって重要な役割を担うことになっていく。このほとんど無駄がないといってもよい、登場人物の使い方には思わず舌を巻いてしまう。全くといっていいほど役に立たなかったのは結局のところシーグレイヴ警察署長だけといったところか。
この“100年の積読”ともいわれる読まれざる本書であるが、これは読まずに済ますには惜しい本であるとここで断言したい。しかしながら、読む際には注意してもらいたい点がある。
・時間になるべく余裕があるとき読むべき(電車の中とかにて読むのには適していない)
・精神的にも余裕があるときに読んだほうがよい
「月長石」の感想にて、あれこれと褒め称えてはいるものの、実際に読むのには結構退屈な部分があり、かつ何といっても本が分厚い。やはり読むときにはそれなりの心構えが必要であると思う。もし、仕事が忙しくて時間が取れないという人は定年してから読むというのもひとつの手なのかもしれない(結局それでは積読になってしまうが)。
ここで、本書を読むのも吉だと思うし、とっておいても損はないとも思う。きっと本書に限っては絶版せずに残る本であるだろう。たぶん200年くらいは軽く残ってくれるだろう。 さぁ、あなたはどうします?